すか。」
悪魔や妖鬼《ようき》などが何かのしるしで自分よりまさった神のいることを知るように、テナルディエは相手がなかなか手ごわいことをさとった。それはほとんど直覚だった。彼はそれを明確|怜悧《れいり》な機敏さでさとった。前夜、馬方らと酒をのみながら、煙草《たばこ》をふかしながら、卑猥《ひわい》な歌を歌いながら、彼は猫のように覘《うかが》い数学家のように研究して、始終その見なれぬ男を観察していたのである。彼は同時に自分のためと楽しみと本能とから男を窺《うかが》い、あたかも金で頼まれたかのように偵察《ていさつ》していたのである。そしてその黄色い上衣の男の一挙手一投足はことごとく彼の目をのがれなかった。男がコゼットに対する興味を明らかに示さない前から、テナルディエは既にそのことを見破っていた。その老人の奥深い目つきが絶えずコゼットの方へ向けらるるのを見て取っていた。何ゆえにそう興味を持つのだろう? いったい何者だろう? 金入れにはいっぱい金を持ちながら、何ゆえにああ見すぼらしい服装《なり》をしているのだろう? そういう問題を彼は自ら提出しながら、解決ができず、いら立っていた。彼はそのことを夜通し考えた。あの男はコゼットの父親であるわけはない。では祖父ででもあろうか? それならばなぜすぐに名乗らないのであろうか? 権利がある者は、すぐにそれを示すはずである。あの男は明らかにコゼットに対しては何らの権利も持っていないに違いない。するといったい何者だろう? テナルディエはどう推測していいかわからなくなってしまった。彼はすべてを垣間見《かいまみ》たが、ついに何物もはっきり見付け得なかった。とはいうものの、その男にあれこれとしゃべり立てながら、これには何か秘密があるし、男は身分を隠したがっているのだなと思って、彼は自分の強味を感じた。ところが男の明晰《めいせき》確乎《かっこ》たる返答に出会って、その不思議な男はただ不思議なばかりで何らとらうべきところがないのを見た時、彼は自分の弱味を感じた。彼は少しもそういうことを予期していなかった。彼の推測はことごとく破れてしまった。彼はあらゆる考えを集中してみた。そして一瞬間、考慮をめぐらした。彼は一見して前後の事情を判断し得るような人物であった。で今や単刀直入に事を運ぶべき場合であると考えた。他人の目にはわからなくともそれと察し得らるる危急
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