で伸び上がって、その亜鉛の板にさわってみた。
 それから彼は、その木と石の山との間の地面をしばらく足で踏んでみた。あたかも土地が新しく掘り返されはしなかったかを確かめてるようだった。
 それがすむと、彼は方向を定めて森の中を歩き出した。
 コゼットが出会ったのはすなわちその男であった。
 茂みの中をモンフェルメイュの方へ進んでいくと、彼は小さな人影を認めたのだった。その人影はため息をつきながら動いていて、ある荷物を地面に置いてはまたそれを取り上げ、そしてまた進み初めるのだった。近寄ってみると、大きな水桶《みずおけ》を持ったごく小さな子供であることがわかった。すると男は子供の所へ行って、無言のまま桶の柄を持ってやったのである。

     七 コゼット暗中に未知の人と並ぶ

 前に言ったとおり、コゼットはこわがらなかった。
 男は彼女に言葉をかけた。重々しい低音であった。
「これはお前さんにはあまり重すぎるようだね。」
 コゼットは頭をあげて、そして答えた。
「ええ。」
「貸してごらんな。」と男は言った。「私が持っていってあげよう。」
 コゼットは桶《おけ》を離した。男は彼女と並んで歩き出した。
「なるほどずいぶん重い。」と彼は口の中で言った。それからつけ加えた。
「お前さんはいくつになる?」
「八つ。」
「そしてこんなものを持って遠くからきたのかね。」
「森の中の泉から。」
「そしてこれから行く所は遠いのかね。」
「ここから十五分ばかり。」
 男はちょっと口をつぐんだが、やがてふいに言った。
「でお母さんがいないんだね。」
「知りません。」と子供は答えた。
 男が何か言おうとする間もなく彼女はつけ加えた。
「いないんでしょう。ほかの人はみなお母さんを持ってるけれど、私は持っていないの。」
 そしてちょっと黙ったあとで、彼女はまた言った。
「私には一度もお母さんはなかったようなの。」
 男は立ち止まって、桶《おけ》を地面におろし、身をかがめて、子供の両肩に手を置き、暗やみの中にその姿をながめその顔を見ようとした。
 コゼットのやせた弱々しい顔が、空の薄ら明りの中にぼんやり浮き出して見えた。
「お前さんは何という名前だい。」と男は言った。
「コゼット。」
 男はあたかも電気に打たれたようであった。彼はなお彼女をよく見、それから両手をその肩からはずし、桶を取り、そして歩き
前へ 次へ
全286ページ中104ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ユゴー ヴィクトル の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング