いた。コゼットはぶたれた、それは女房の方のであった。コゼットは冬も素足で歩いた、それは亭主の方のであった。
 コゼットは、梯子段《はしごだん》を上りおりし、洗濯《せんたく》をし、ふき掃除《そうじ》をし、駆けまわり飛びまわり、息を切らし、重い荷物を動かし、虚弱な身体にもかかわらず荒らい仕事をしていた。少しの慈悲もかけられなかった。残忍な主婦と非道な主人とであった。テナルディエの飲食店はあたかも蜘蛛《くも》の巣のようなもので、コゼットはそれにからまって震えていた。理想的な迫害は、その奸悪《かんあく》な家庭によって実現されていた。あたかも蜘蛛に仕えてる蠅のようなありさまだった。
 あわれな娘は、何事をも忍んで黙っていた。
 世の少女にして未だ小さく裸のままなる人生の曙《あけぼの》より、かくのごとくにして大人のうちに置かるる時、神の膝《ひざ》を離れたばかりの彼女らの心のうちには、およそいかなることが起こるであろうか。

     三 人には酒を要し馬には水を要す

 四人の新しい旅客が到着していた。
 コゼットは悲しげに物を考えていた。彼女はまだ八歳にしかなっていなかったが、種々な苦しい目に会ったので、あたかも年取った女のような痛ましい様子で考えにふけるのだった。
 彼女の眼瞼《まぶた》は、テナルディエの上《かみ》さんに打たれたので黒くなっていた。そのために上さんは時々こんなことを言っていた、「目の上に汚点《しみ》なんかこしらえてさ、何て醜い児だろう!」
 コゼットは考えていた、もう夜になっている、まっくらな夜になっている、ふいにやってきたお客の室《へや》の水差しやびんには間に合わせに水を入れなければならないし、水槽《みずぶね》にはもう水がなくなってしまっている。
 ただ少し彼女が安堵《あんど》したことには、テナルディエの家ではだれもあまり水を飲まなかった。喉《のど》の渇《かわ》いた人たちがいないというわけでもなかったが、その渇きは水甕《みずがめ》よりもむしろ酒びんをほしがるような類《たぐ》いのものだった。酒杯の並んでる中で一杯の水を求める者は、皆の人から野蛮人と見なされる恐れがあったのである。けれどもコゼットが身を震わすような時もあった。テナルディエの上さんは竈《かまど》の上に煮立ってるスープ鍋《なべ》の蓋《ふた》を取って見、それからコップを手にして、急いで水槽の所へ行っ
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