があると思っている一種無作法な一人の未亡人が、次のような皮肉を彼にあびせかけた。「大人様がいつ赤い帽子をもらわれるだろうかと人々は言っていますよ。」司教は答えた。「おおそれは下等な色です。ただ幸いにも、帽子だとそれを軽蔑する人も冠《かんむり》だとそれを尊敬します。」([#ここから割り注]訳者注 赤い帽子は革命党の章、赤の冠は枢機官の冠[#ここで割り注終わり])

     十一 制限

 前述のことよりして、ビヤンヴニュ閣下は「哲学的司教」もしくは「愛国的司祭」であったと結論するならば、誤解に陥りやすい恐れがある。彼のその出会い、民約議会員G《ゼー》との連結ともほとんど呼ばれ得るところのその出会いは、彼の心に一種の驚異を残し、彼をしてなおいっそう温和ならしめた。単にそれだけのことであった。
 ビヤンヴニュ閣下は少しも政治家的人物ではなかったけれども、当時の事件に対して彼がある態度を取らんとするならばその態度はいかなるものであったかを、きわめて簡単に示すのに、今ちょうどよい場所であるように思われる。
 それで、数年前のことにさかのぼってみよう。
 ミリエル氏が司教にあげられてしばらく後の
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