顔には印せられた。「司教、」と彼はゆるやかに言い出した。そのゆるやかな調子は、気力の喪失によるよりもむしろ尊厳な心霊のためにであったろう。「私は自分の一生を瞑想《めいそう》と研究と観照とのうちに過ごした。国家が私を招き国事に参与するように命じた時、私は六十歳であった。私はその命に服したのである。多くの弊害があった。私はそれと戦った。種々の暴戻《ぼうれい》があった。私はそれを破壊した。種々の正義と主義とがあった。私はそれを布告し宣言した。領土は侵された。私はそれを防御した。フランスは脅かされた。私はそのために自己の胸を差し出した。私は富者ではなかった。私は貧しい者である。私は参事院議官の一人であった。国庫の室は正金に満ちていて、金銀貨の重みにこわれかかってる壁には支柱を施さねばならなかった。が私はアルブル・セック街で一人前二十二スーの食事をしていた。私は虐《しいた》げられし者を助け、悩める者を慰めた。私が祭壇の幕を引き裂いたのは事実である。しかしそれは祖国の瘡痍《そうい》を繃帯《ほうたい》せんがためであった。私は常に光明へ向かって人類が前進するのを助けた。そして時としては慈悲を知らぬ進歩
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