をよじ上り、ほとんど何らの突起も見いだせないくらいの所に足場を得ることは、ジャン・ヴァルジャンにとってはわけもないことであった。壁の一角を与うれば、背中および両|脛《すね》の[#「両|脛《すね》の」は底本では「両脛《すね》の」]緊張と、石の凹《へこ》みにかけた両|肱《ひじ》および両の踵《かかと》とをもって、魔法でも使うように四階までも上ることができた。時には徒刑場の屋根までそうして上ることがあった。
 彼はあまり口をきかなかった。笑うことはなかった。ただ年に一度か二度、極度の興を覚ゆる時に、悪魔の笑いの反響に似た囚徒特有の沈痛な笑いを、ふともらすことがあるきりだった。見たところ彼は、何かある恐ろしいものに絶えずながめ入ってるがようだった。
 彼は実際何かに心を奪われていた。
 不完全な性格と圧倒せられた知力との病的な知覚を通して、彼は何か怪奇なものが自分の上にかぶさってるのを漠然と感じていた。そのほの暗い蒼白《そうはく》な陰影のうちにはい回りながら、首をめぐらすたびごとに、そして目をあげんとするたびごとに、種々の事物や法律や偏見や人物や事実などが、その輪郭は眼界を逸し恐ろしいほど重畳し
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