するを得るであろうか。偶然によってなさるる財産の分配にあずかること最も少ない人々を、ためにまた最も容赦すべき人々を、社会はまさしくかくのごとく待遇するとするならば、それは不法なことではあるまいか。
 それらの疑問が提出されて答えられた。彼は社会を裁《さば》いてそれを罪ありとした。
 彼は社会を罰するに自分の憎悪の念をもってした。
 彼は自分の受けた運命について社会にその責任があるとなし、他日|躊躇《ちゅうちょ》することなくその責を問わんと考えた。自分のなした損害と人が自分に加えた損害との間には平衡を欠いているとみずから宣言した。自分の受けた刑罰は事実不正ではなくとも確かに不公平であると結論した。
 憤怒は愚かにして不法なることもある。人は不当に怒ることもある。しかしながら人は、何処《どこ》にか心のうちに道理を有する時にしか憤慨しない。ジャン・ヴァルジャンは憤慨の気持ちを覚えたのであった。
 それにまた、人類社会が彼になしてくれたものは悪のみであった。彼はかつて社会については、社会がおのれの正義と称して打撃を与えんとする者に示す所の、あの恐るべき顔をしか見なかったのである。すべての人々は
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