ければならない。その上、ある種の性質が提出さるる時、われわれは、われわれと異なる信仰の中においても、人間の徳のあらゆる美が発展し得るものであることを認めるのである。
 司教は甲の信条についてどう考えていたか、また乙の秘蹟《ひせき》についてどう考えていたであろうか。しかしそのような内心の信念の奥秘は、人の魂があらゆる衣をぬぎすててはいりゆく墳墓によって知らるるのみである。ただ吾人に確かであることは、信仰上の難事に会っても彼はかつてそのために偽善に陥ることがなかったということである。金剛石にはいかなる腐敗もあり得ない。彼はでき得《う》る限り信仰のうちに身を投じ、われ父なる神を信ず[#「われ父なる神を信ず」に傍点]と、しばしば叫んだ。その上、彼はおのれの善行のうちより良心に必要なだけの満足をくみ取り、汝神とともにあり[#「汝神とともにあり」に傍点]と、低くささやく声を自らきいた。
 ここにしるさなければならないと思われることは、言わば信仰の外に、そして信仰のかなたに司教が過度の愛を有していたことである。自己主義が衒学癖《げんがくへき》の合言葉となるようなこの悲しき時代の用語を用うれば、彼が「
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