九三年の[#ここで割り注終わり])の事件を起こし、銃を与うればアウステルリッツの勝利を得る。彼らはナポレオンの支柱であり、ダントンの根拠である。祖国のためには軍籍に入り、自由のためには舗石《しきいし》をもあげて戦う。注意せよ! 怒りに満ちたる彼らの頭髪は叙事詩的であり、彼らの上着は古ギリシャの外套にも似る。注意せよ。グルネタ([#ここから割り注]訳者注 パリー[#ここで割り注終わり])のあらゆる街路は、彼らの手によって恐ろしき刃の関所となるであろう。一度時機きたらば、その郭外の住民は大きくなり、その矮小なる男は立ち上がり、恐ろしき目をもってにらみ、吐く息は暴風となり、その狭いあわれなる胸からは、アルプス連山の起伏をも動かすほどの風が出るであろう。フランス革命が、軍隊の力をも借りはしたが、欧州を席巻したのは、パリー郭外の人民の力によってである。彼らは歌う、それが彼らの楽しみである。彼らの歌をしてその天性に応ぜしめよ、しからばわかるであろう。その複唱句としてカルマニョールをのみ与うれば、彼らはただルイ十六世をくつがえすのみ。マルセイエーズを歌わしむれば、彼らは世界を解放せん。
 アングレーの報告の余白に以上のことを付記して、われわれはまたわが四組みの男女のことに帰ろう。前に言ったとおり、晩餐《ばんさん》は既に終わりかけていた。

     六 うぬぼれの一章

 食卓の雑話、恋のさざめき。いずれ劣らぬ捕え難いものである。恋のさざめきは雲であり、食卓の雑話は煙である。
 ファムイュとダーリアとは鼻歌を歌っていた。トロミエスは酒を飲んでいた。ゼフィーヌは笑い、ファンティーヌはほほえんでいた。リストリエはサン・クルーで買った木のラッパを吹いていた。ファヴォリットはやさしくブラシュヴェルをながめて言った。
「ブラシュヴェル、あたしあんたをほんとに愛してよ。」
 その言葉はブラシュヴェルの質問をひき起こした。
「もし僕がお前を愛さなくなったら、ファヴォリット、お前はどうするんだい。」
「あたし!」とファヴォリットは叫んだ。「ああ、そんなことおよしなさいよ、冗談にも! もしあんたがあたしを愛さなくなったら、あたし追っかけて、しがみついて、引っ捕えて、水をぶっかけてやるわ、警察に捕えてもらうわ。」
 ブラシュヴェルは自負心に媚《こ》びられた者のように嬉しげににやりと笑った。ファヴォリットはまた言った。
「ええ、あたし警察にどなり込んでやる。それこそほんとに困まっちまうわ。憎らしい!」
 ブラシュヴェルはうっとりとして、椅子《いす》にぐっと身を反《そ》らせ、得意げに両の目を閉じた。
 ダーリアは物を食べながら、その騒ぎの中で声を潜めてファヴォリットに言った。
「それじゃあんたはほんとにあの人を大事に思ってるの、ブラシュヴェルを?」
「あたし、あの人大きらい。」とファヴォリットはフォークを取り上げながら同じ低い声で答えた。「それは吝嗇《けち》でね。それよりかあたし、家《うち》の向こうにいるかわいい男が好きなのよ。若い男だが、それはりっぱよ。あんた知ってて? 見たところ何だか役者のようだわ。あたし役者が大好き。その男が帰って来ると、そのお母さんが言うのよ、ああああ、煩《うるさ》いことだ、また喚《わめ》き立てるんだろう、頭がわれそうだって。鼠《ねずみ》のはうようなきたない家なのよ、真っ暗な小さな家よ、それは高い上階《うえ》でね。その家の中で、歌ったり読誦《どくしょう》したりするんだが、何だかわかりゃしない、ただ下からその声が聞こえるだけよ。代言人の所へ通って裁判のことを書くんで、今では日に二十スーとかもらうんだって。サン・ジャック・デュ・オー・パのもとの歌い手の息子《むすこ》なのよ。ほんとにそれはきれいよ。あたしに夢中なの。ある日なんかパンケーキの粉をねってるあたしを見て言うのよ、嬢さん[#「嬢さん」に傍点]、あなたの手袋でお菓子をこしらえたら私が食べてあげますよって[#「あなたの手袋でお菓子をこしらえたら私が食べてあげますよって」に傍点]。そんなふうには芸術家でなくちゃ言えやしないわ。ああそれは好《い》い男よ。どうやらあたしも夢中になりそうだわ。でもどうだっていい、あたしブラシュヴェルに、あんたに惚《ほ》れてるって言っておくの。あたし嘘《うそ》をつくのはうまいでしょう、ねえ、上手でしょう!」
 ファヴォリットはちょっと言葉を切って、そしてまた続けた。
「ダーリア、ねえあたしつまんないわ。夏中雨ばかりだし、いやあな風が吹くし、風は何の足《た》しにもなりはしないし、ブラシュヴェルは大変|吝嗇《けち》だしさ。市場には豌豆《えんどう》もあまりないので、何を食べていいかわかりゃしない。イギリス人が言うように憂鬱《ゆううつ》を感じるわ。バタが大変たかいしね。それ
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