を得たのだった。彼がモントルイュ・スュール・メールにきた時には、その大製造業者の財産は既にでき上がり、マドレーヌさんはマドレーヌ氏となっていた。
警察のある種の役人は、陋劣《ろうれつ》と権威との交じった複雑な特別な相貌をそなえてるものである。ジャヴェルは陋劣の方を欠いたその特別な相貌を持っていた。
吾人の確信するところによれば、もし人の魂なるものが目に見えるものであったならば、人間の各個人は各種の動物の何かに相当するものであるという不思議な一事を、人は明らかに知るであろう。そして、蠣《かき》から鷲《わし》に至るまで、また豚から虎《とら》に至るまで、すべての動物が人間のうちに存在し、各動物が各個人のうちに存在しているという、思想家がかろうじて瞥見《べっけん》する真理を、人はたやすく認め得るであろう。時としてはまた数匹の動物がいっしょに一人の人間のうちにあるということをも。
動物は皆、われわれの善徳および悪徳の表象であって、われわれの眼前に彷徨《ほうこう》しわれわれの魂の目に見える幻影にほかならない。神はわれわれを反省せしめんがためにそれをわれわれに示す。ただ動物は影に過ぎないがゆえに、神は厳密なる意味において教育し得るがようには動物を作らなかったのみである。教育が何の役に立とうぞ? これに反してわれわれの魂は現実であり、自己本来の目的を持っているがゆえに、神はそれに知力を与えた、換言すれば教育の可能を。ゆえによく成されたる社会的教育は、いかなる魂にもせよ、魂のうちからそれが有する効用を引き出すことができる。
かく言うのはもとより、表面に表われたる地上の生活に限らるる見地においてであって、人間以外の生物の先天的および後天的性格に関する深い問題を考えてのことではない。目に見える自己のために内部の自己を否定することは、いかなる意味においても思想家には許されないのである。それだけの制限をしておいて先に進もう。
今しばらく、あらゆる人のうちには各種の動物のいずれか一つが存在しているということが許さるるならば、ここに警官ジャヴェルのうちにはいかなるものがいるかを述べるのは、いとたやすいことである。
アスチェリーの農民の間には次のことが信ぜられている。狼《おおかみ》の子のうちには必ず一匹の犬の子が交じっているが、それは母狼から殺されてしまう、もしそうしなければその犬の子
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