きはほとんど類《たぐ》いまれなる幸福というべきである。人生最上の幸福は、愛せられているという確信にある。直接自分自身が愛せられる、いや、むしろ自分自身の如何《いかん》にかかわらず愛せられるという確信にある。そういう確信は盲者にして初めて有し得る。惨《いた》ましき盲目のうちにおいては、世話を受くるはすなわち愛撫《あいぶ》を受くることにほかならない。彼にはその他に何かが不足するであろうか。いや。愛を有する以上、光明を失ったものではない。しかもその愛はいかなる愛であるか。まったく徳操をもって作られた愛である。確実なる信念があるところに失明なるものは存しない。魂は手探りに魂をさがしそれを見いだす。しかもその見いだされとらえられた魂は、一個の婦人である。汝をささえてくれる手、それは彼女の手である。汝の額に触れてくれる脣《くちびる》、それは彼女の脣である。汝はすぐそばに呼吸の音をきく、それは彼女である。その崇拝より憐憫《れんびん》に至るまで彼女のすべてを所有する。決してそばを離れられることがない。その弱々しい優しさで助けられる。その心確かな蘆《あし》のごとき弱き女性に身をささえる。直接おのれの手をもって神の摂理にふれ、おのれの腕のうちにそれを、肌に感じ得る神をいだく。これ実にいかなる喜悦であろうぞ! その心は、その人知れぬ聖《きよ》き花は、神秘のうちにひらく。それはあらゆる光明にもまさった影である。天使の魂がそこにある、常にある。もしそれが立ち去ることあっても、また再び帰りきたらんがためにである。それは夢のごとくに姿を消し、現実のごとくに再び現われる。暖きものの近づくのを感ずる時にはもはや、それがそこにある。清朗と喜悦と恍惚《こうこつ》とに人は満たされる。暗夜のうちにおける輝きである。そして数々の細かな心尽し。些細《ささい》なものもその空虚のうちにあっては巨大となる。得も言えぬ女声の音調は汝を揺籃《ゆりかご》に揺すり、汝のために消え失せし世界を補う。魂をもって愛撫せらるるのである。何物も見えないが、しかし鍾愛《しょうあい》せられてるのを感ずる。それは実に暗黒の楽園である。
 ビヤンヴニュ閣下は、かくのごとき楽園より他の天国へと逝《い》ったのであった。
 彼の死の報知は、モントルイュ・スュール・メールの地方新聞にも転載された。マドレーヌ氏はその翌日から、黒の喪服をつけ帽子に黒紗を
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