ットはまた言った。
「ええ、あたし警察にどなり込んでやる。それこそほんとに困まっちまうわ。憎らしい!」
 ブラシュヴェルはうっとりとして、椅子《いす》にぐっと身を反《そ》らせ、得意げに両の目を閉じた。
 ダーリアは物を食べながら、その騒ぎの中で声を潜めてファヴォリットに言った。
「それじゃあんたはほんとにあの人を大事に思ってるの、ブラシュヴェルを?」
「あたし、あの人大きらい。」とファヴォリットはフォークを取り上げながら同じ低い声で答えた。「それは吝嗇《けち》でね。それよりかあたし、家《うち》の向こうにいるかわいい男が好きなのよ。若い男だが、それはりっぱよ。あんた知ってて? 見たところ何だか役者のようだわ。あたし役者が大好き。その男が帰って来ると、そのお母さんが言うのよ、ああああ、煩《うるさ》いことだ、また喚《わめ》き立てるんだろう、頭がわれそうだって。鼠《ねずみ》のはうようなきたない家なのよ、真っ暗な小さな家よ、それは高い上階《うえ》でね。その家の中で、歌ったり読誦《どくしょう》したりするんだが、何だかわかりゃしない、ただ下からその声が聞こえるだけよ。代言人の所へ通って裁判のことを書くんで、今では日に二十スーとかもらうんだって。サン・ジャック・デュ・オー・パのもとの歌い手の息子《むすこ》なのよ。ほんとにそれはきれいよ。あたしに夢中なの。ある日なんかパンケーキの粉をねってるあたしを見て言うのよ、嬢さん[#「嬢さん」に傍点]、あなたの手袋でお菓子をこしらえたら私が食べてあげますよって[#「あなたの手袋でお菓子をこしらえたら私が食べてあげますよって」に傍点]。そんなふうには芸術家でなくちゃ言えやしないわ。ああそれは好《い》い男よ。どうやらあたしも夢中になりそうだわ。でもどうだっていい、あたしブラシュヴェルに、あんたに惚《ほ》れてるって言っておくの。あたし嘘《うそ》をつくのはうまいでしょう、ねえ、上手でしょう!」
 ファヴォリットはちょっと言葉を切って、そしてまた続けた。
「ダーリア、ねえあたしつまんないわ。夏中雨ばかりだし、いやあな風が吹くし、風は何の足《た》しにもなりはしないし、ブラシュヴェルは大変|吝嗇《けち》だしさ。市場には豌豆《えんどう》もあまりないので、何を食べていいかわかりゃしない。イギリス人が言うように憂鬱《ゆううつ》を感じるわ。バタが大変たかいしね。それ
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