ものは、内気と謙譲とのうちに消し難い表情であった。彼女はいくらかびっくりしたようなふうをしていた。その潔《きよ》いびっくりした様こそは、サイキーをヴィーナスと異ならしむる色合いである。彼女の真っ白な長い細い指は、金の留め金で聖火の灰をかきまわすという貞節を守る巫女《みこ》のそれのようだった。後《あと》で明らかにわかるとおり、彼女はトロミエスに対しては何事も拒まなかったけれども、その穏やかな平時の顔はまったく処女のようだった。まじめなそしてほとんどいかめしい一種の威厳が時々突如として現われた。そして快活さが急に消え失せて何ら推移の影を見せないで直ちに沈思の趣に変わってゆく様子は、まったく不思議な驚くべきことだった。その突然のそして時としては厳《いか》めしくきわ立って見えるまじめさは、女神の軽蔑《さげすみ》にも似ていた。額と鼻と※[#「丿+臣+頁」、第4水準2−92−28]《あご》とは、割合の平衡とはまったく異なる線の平衡を示していた。そしてそれによって顔立ちの調和が取れていた。また鼻の下と上脣《うわくちびる》との間のごく目につきやすい間隔のうちには、見えるか見えないかの魅力あるしわがあった。それは貞節の神秘な兆《しるし》で、バルバロッサをしてイコニオムの発掘の中に見い出されたディアナに恋せしめたところのものである。
恋は過ちである。さもあらばこそ、ファンティーヌは過ちの上に浮かんでいる潔白そのものであった。
四 トロミエス上機嫌《じょうきげん》にてスペインの歌を歌う
その日は始めから終わりまでまるで曙《あけぼの》のようだった。自然もすべて休日で笑い楽しんでるように見えた。サン・クルーの花壇はかおりを散らし、セーヌの河風はそよそよと木の葉を揺るがし、木々の枝は風のままに動き、蜜蜂《みつばち》はジャスミンの花に集まり、蝶の群れはクローバーやのこぎり草や野生の燕麦《えんばく》の間を飛び回り、ロア・ド・フランスの壮大な園には鳥の浮浪の群れがいた。
四組みの楽しい男女は、太陽や野や花や木にうち交じって光り輝いていた。
そしてこの楽園の一群は、饒舌《しゃべ》り、歌い、かけ、踊り、蝶を追い、昼顔を摘み、高い草の中にその薔薇《ばら》色の透き編みの靴足袋をぬらし、生き生きとして、狂気のごとく、何らの意地悪げもなく、あちこちで皆互いに接吻《せっぷん》し合っていた。た
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