なかった。
彼は目を開いた。そしてしばし身のまわりの闇《やみ》の中をすかし見たが、次にまた目を閉じて再び眠ろうとした。
多くの種々な感情が一日のうちに起こった時に、雑多な事が頭を満たしている時に、人は眠りはするが二度と寝つくものではない。眠りは再び来る時よりも初めに来る時の方が安らかなものである。ジャン・ヴァルジャンに起こった所のものはまさにそれだった。彼は再び眠ることができなかった、そして考え初めた。
彼はちょうど自分の頭の中にいだいてる思想が混沌《こんとん》としているような場合にあった。彼の脳裏には一種のほの暗い雑踏がこめていた。昔の思い出や近い現在の記憶などが雑然と浮かんで、入り乱れて混乱し、形を失い、ばかげて大きくひろがり、それから忽然《こつぜん》と姿を消して、あたかも泥立ち乱るる水の中にでもはいってしまったかのようだった。多くの考えが彼のうちにわいてきたが、絶えず姿を現わして他の考えを追い却《しりぞ》ける一つのものがあった。その考え、それをここにすぐ述べておこう――彼は、マグロアールが食卓の上に置いた六組みの銀の食器と大きな一つの匙《さじ》とに目をつけたのであった。
それらの六組みの銀の食器が彼の頭について離れなかった。――それは向こうにあるのだった。――数歩の所に。――彼が今いる室に来るために隣室を通ってきた時にちょうど、年寄った召し使いがそれを寝台の枕頭の小さな戸棚にしまっていた。――彼はその戸棚をよく見ておいた。――食堂からはいって来ると右手の方に。――厚みのある品だ。そして古銀の品だ。――大きい匙《さじ》といっしょにすれば、少なくも二百フランにはなりそうだ。――それは彼が十九年間に得たところの二倍にも当たる。――もっとも政府[#「政府」に傍点]が盗み[#「盗み」に傍点]さえしなかったら彼はもっと儲《もう》けていたではあろうけれど。
彼の心は、多少逆らいながらもあれかこれかと一時間もの間迷っていた。三時が鳴った。彼は目を開き、突然半身を起こし、手を伸ばして、寝所の片すみに投げすてて置いた背嚢《はいのう》に触《さわ》ってみ、それから両|脚《あし》を寝台からぶら下げて足先を床《ゆか》につけ、ほとんどみずから知らないまにそこに腰掛けてしまった。
彼はしばらくの間その態度のままぼんやり考え込んでいた。寝静まった家の中にただ一人目ざめて闇《やみ》の
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