もって、彼の上を踏みつけ彼を踏みつぶした。およそあり得べきほどの不幸のどん底に陥った魂、だれももうのぞかんともせぬ地獄の最も深い所に墜《お》ちた不幸なる人々、法律によって見捨てられた人々、彼らは、おのれの頭の上に人類社会の全重量が、その外部にある者にはきわめて強大でその下にある者にはきわめて恐ろしい人類社会の全重量が、押しかぶさって来るのを感ずるものである。
かくのごとき境涯にあってジャン・ヴァルジャンは考えにふけっていた。そして、彼のその夢想はいかなる性質のものであったであろうか。
もし粟粒《あわつぶ》にして挽臼《ひきうす》の下にあって考うることをするならば、それは疑いもなくジャン・ヴァルジャンが考えていたと同じことを考えるであろう。
すべてそれらのこと、幻影に満ちた現実と現実に満ちた夢幻とは、ついにほとんど名状すべからざる内的状態を彼に造りあげた。
時として彼は徒刑場の労役の合い間に手を休めた。そして考え初めた。以前よりも更に熟すると同時に更に乱された彼の理性は、いきり立っていた。到来したすべてのことが彼には不条理に思われた。とりまいているすべてのことがあり得べからざることのように思われた。彼はみずから言った、これは夢であると。彼は数歩向こうに立っている看守を見やった。看守は彼には幻影のように見えた。と突然その幻影は彼に棒の一撃を加えるのであった。
目に見える自然も彼のためにはほとんど存在していなかった。太陽も、夏の麗しい日々も、輝いた空も、四月のさわやかな黎明《れいめい》も、ジャン・ヴァルジャンのためにはほとんど存在しなかった、と言っても偽りではないであろう。それともいえぬ風窓からのほのかな明るみが、いつも彼の魂を輝《て》らしていたのみである。
終わりに、われわれが今まで指摘しきたったところのすべてにおいて、確かなる帰結に約言し換言し得る限りのものをつづめて言わんがために、われわれはただこれだけのことを述ぶるに止めておこう。すなわち、ファヴロールの正直な枝切り人であり、ツーロンの恐るべき囚徒であるジャン・ヴァルジャンは、十九カ年のうちに、徒刑場の加工を受けたために、二種の悪事をなすことができるようになった。第一には、自分が受けた悪に対する一種の返報として、急速な無思慮な忘我的な全く本能的な悪行であり、第二には、かくのごとき不幸が与うる誤れる思想をも
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