に、社会を作った天をも裁断した。
 彼はまた天をも罪ありと断じたのである。
 かくて苦悩と労役との十九年の間に、彼の魂は同時に上りまた墜《お》ちた。一方からは光明がはいり、他方からは暗黒がはいってきた。
 前に言ったごとく、ジャン・ヴァルジャンはその性質が悪ではなかった。徒刑場にはいった時でさえ彼はなお善良であった。しかし、彼はそこで社会を非難し、そしてみずからは悪意ある者となったのを感じた。彼はそこで天を非難し、そしてみずからは不信の徒となったのを感じた。
 ここでしばらく多少の考慮を費やさざるを得ない。
 人間の性質はかくのごとく根本より全く変化し得るものであろうか。神によって善良に創《つく》られた人間が、人によって悪くなされ得るものであろうか。人の魂が運命によって全く改造せられ、運命の悪《あ》しきがゆえに魂も悪しくなることがあり得るであろうか。あまりに低い天井の下にあって人の背骨が彎曲《わんきょく》するごとく、人の心も過重の不幸の圧迫の下に形|歪《ゆが》んで、不治の醜さと不具とに陥ることがあるだろうか。ある本来のひらめき、この世において腐敗するを得ず彼《か》の世において不死なるある聖なる要素、善によって発展させられ煽《あお》られ点火され燃え立たせられ燦然《さんぜん》と輝かされるところのもの、悪によっても決して全く消さるることなきところのものが、すべての人の心のうちにないであろうか、そしてまた特にジャン・ヴァルジャンの心のうちにそれがなかったであろうか。
 それは重大にして困難な問題である。そしてこの終わりの問題に対しては、すべての生理学者はおそらく否[#「否」に傍点]と答えたであろう、ことにツーロンにおいて休息の時間にある彼を見たならば、躊躇《ちゅうちょ》するところなく否[#「否」に傍点]と答えたであろう。その休息の時間はジャン・ヴァルジャンにとっては夢想の時間であった。彼は両腕を組んで、轆轤《ろくろ》の柄に腰をかけ、地面に引きずらないように鎖の一端をポケットにねじ込んでいた。憤怒をもって人間をながめている法律によって賤民《せんみん》に落とされ、厳酷に天をながめている文明によってのろわれたるその囚人は、引きしまった顔をして沈鬱《ちんうつ》に黙然と考えにふけっているのであった。
 確かに、そしてわれわれもそれを隠そうとは思わないが、観察者たる生理学者はそこに医す
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