そのあとですぐ彼は庭に出た。歩きながら、夢想にふけり、観想に沈み、なお開かれている人の目に夜間神が示す、あの偉大な神秘なある物に心も頭もすっかり投じてしまった。
 男の方は、まったく疲れ切っていたので、りっぱな白い敷き物さえ何が何やらわからなかった。囚人らがやるように鼻息で蝋燭を吹き消し、着物を着たまま寝床の上に身を投げ出して、すぐにぐっすり寝込んでしまった。
 司教が庭から自分の室に帰ってきた時、十二時が打った。
 数分の後には、その小さな家の中は寝静まってしまっていた。

     六 ジャン・ヴァルジャン

 真夜中ごろに、ジャン・ヴァルジャンは目をさました。
 ジャン・ヴァルジャンは、ブリーの貧しい農家に生まれた。子供の時に文字も教わらなかった。成人してからファヴロールで樹木の枝切り人となった。母はジャンヌ・マティーユーと言い、父はジャン・ヴァルジャンと言い、あるいはたぶん語を縮めまたボアラ・ジャン(ジャンの野郎)の綽名《あだな》としてヴラジャンとも言った。
 ジャン・ヴァルジャンは陰気ではないが考え込んだ性質の男であった。それは情の深い性質の特徴である。けれども全体として少なくとも外見上、ジャン・ヴァルジャンにはかなり無精なやくざな様子があった。彼はごく早くに両親を失った。母は産褥熱《さんじょくねつ》の手当てがゆき届かなかったために死に、父は彼と同じく枝切り職であったが木から落ちて死んだ。ジャン・ヴァルジャンに残ったものは、七人の男女の子供をかかえ寡婦《かふ》になっているずっと年上の姉だけだった。その姉がジャン・ヴァルジャンを育てたのであって、夫のある間は若い弟の彼を自分の家に引き取って養っていた。そのうちに夫は死んだ。七人の子供のうち一番上が八歳で、一番下は一歳であった。ジャン・ヴァルジャンの方は二十五歳になったところだった。彼はその家の父の代わりになり、こんどは彼の方で自分を育ててくれた姉を養った。それはあたかも義務のようにただ単純にそうなったので、どちらかといえばジャン・ヴァルジャンの方ではあまりおもしろくもなかった。そのようにして彼の青年時代は、骨は折れるが金はあまりはいらない労働のうちに費やされた。彼がその地方で「美しい女友だち」などを持ってるのを見かけた者はかつてなかった。彼は恋をするなどのひまを持たなかった。
 夕方彼は疲れきって帰ってきて
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