て、あるだけ歌った。ゴットフリートは何《なん》ともいわなかった。彼はおしまいになるのを待《ま》っていた。それから頭を振《ふ》って、ふかい自信《じしん》のある調子《ちょうし》でいった。
「なおまずい。」
 クリストフは唇《くちびる》をかみしめた。顎《あご》がふるえていた。彼《かれ》は泣《な》きたかった。ゴットフリートは自分でもまごついてるようにいいはった。
「実《じつ》にまずい。」
 クリストフは涙声《なみだごえ》で叫《さけ》んだ。
「では、どうしてまずいというんだい?」
 ゴットフリートはあからさまの眼《め》つきで彼を眺《なが》めた。
「どうしてって……おれにはわからない……お待《ま》ちよ……じっさいまずい……第一、ばかげているから……そうだ、その通《とお》りだ……ばかげている、何《なん》の意味《いみ》もない……そこだ。それを書いた時、お前は何《なに》も書《か》きたいことがなかったんだ。なぜそんなものを書いたんだい?」
「知《し》らないよ。」とクリストフは悲《かな》しい声でいった。「ただ美《うつく》しい曲《きょく》を作りたかったんだよ。」
「それだ。お前は書《か》くために書いたんだ。偉《えら》い音楽家《おんがくか》になりたくて、人にほめられたくて、書いたんだ。お前は高慢《こうまん》だった、お前は嘘《うそ》つきだった、それで罰《ばつ》をうけた……そこだ。音楽では、高慢《こうまん》になって嘘《うそ》をつけば、きっと罰《ばち》があたる。音楽は謙遜《けんそん》で誠実《せいじつ》でなくてはならない。そうでなかったら、音楽《おんがく》というのは何《なん》だ? 神様に対する不信《ふしん》だ、神様をけがすことだ、正直《しょうじき》な真実《しんじつ》なことを語《かた》るために、われわれに美しい歌を下さった神様をね。」
 彼はクリストフが悲《かな》しがってるのに気がついて、抱《だ》いてやろうとした。しかしクリストフは怒《おこ》って横を向いた。そして彼は幾日《いくにち》も不機嫌《ふきげん》だった。小父《おじ》を憎《にく》んでいた。――けれども、「あいつはばかだ、なんにも知るもんか! ずっと賢《かしこ》いお祖父《じい》さんが、僕の音楽をすてきだといってくれてるんだ。」といくら自分でくり返《かえ》してみてもだめだった。心の底《そこ》では、小父の方《ほう》が正《ただ》しいとわかっていた。ゴット
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