に事情を知らした。クリストフはすぐにパリーへもどってきた。
 若いジャンナンにたいして多少の感化力をもってるのは、ただクリストフばかりであった。それも限られたきわめて間歇《かんけつ》的な感化力だったが、説明しがたいだけにいっそう著しいものだった。クリストフはジョルジュやその仲間の者らが猛烈に反抗してる旧時代に属していた。彼らがその芸術や思想にたいして疑惑的な敵意を惹起《じゃっき》させられる苦悩の時代の、もっとも重立った代表者の一人で彼はあった。世界――ローマとフランス――を救うべき確実な方法を人のよい青年らに教えようとしてる、小予言者と老魔法使との新福音や護符から、彼は隔絶していた。あらゆる宗教を脱し、あらゆる党派を脱し、あらゆる祖国を脱してる、流行おくれの――もしくはまだふたたび流行していない――自由な信念を、彼は忠実に守っていた。また最後に、彼は国民的問題から離脱していたとは言え、他国人はすべて本国人にとっては野蛮人と思われてた当時にあっては、彼はやはりパリーにおいて一個の他国人であった。
 それでも、小ジャンナンは、快活で軽率であって、人の気持を白けさせるようなものをきらい、快楽や激しい遊戯を好み、当代の美辞麗句からたやすく欺かれ、筋肉の強健と精神の怠惰とのためにフランス行動派[#「フランス行動派」に傍点]の暴慢な主義に賛同し、国家主義者であり王党であり帝国主義者であり――(彼自身でもなんだかよくはわからなかった)――したがって、心底においてはただ一人の人物クリストフをしか尊敬していなかった。彼はその尚早な経験と母親から受け継いだ鋭い才知とによって、自分が離れ得ないでいる上流社会の安価さと、クリストフの優秀さとを、よく見てとっていた(それでも彼の快活さは曇らされはしなかったが。)彼は運動や活動にいかに心酔していても、父親の遺伝をなくすることはできなかった。漠然《ばくぜん》たる不安が、自分の行動に一つの目的を見出し決定したいという欲求が、突然の短い発作においてではあったが、オリヴィエから彼に伝えられていた。またおそらく、オリヴィエが愛していた男のほうへ彼をひきつける神秘な本能も、オリヴィエから彼に伝えられていたであろう。
 彼はときどきクリストフに会いに行った。明け放しのやや饒舌《じょうぜつ》な彼は好んで心中をうち明けた。それを聞くだけの隙《ひま》がクリストフにあるかどうかは問題としなかった。それでもクリストフは耳を貸してやり、少しも焦《じ》れてる様子を示さなかった。ただ、仕事の最中に不意にやって来られると、ぼんやりしてることがあった。それは数分間のことで、内心の作品にある特色を添えるために精神が逃げ出してるのだった。でも彼の精神は間もなくジョルジュのそばへもどってきた。ジョルジュは彼のそういう放心に気づかなかった。彼は足音をぬすんで爪先《つまきき》立ってもどってくる者のように、自分の脱走を面白がっていた。しかしジョルジュは一、二度それに気づいて、憤然として言った。
「あなたは聞いていないんですね!」
 するとクリストフは恥ずかしくなった。そして自分を許してもらうために注意を倍にしながら、気短かな相手の話をすなおに聞き始めた。その話にはおかしなことが乏しくなかった。血気にはやった無分別な事柄を聞かされると、笑わずにはいられなかった。ジョルジュはなんでも打ち明けたのだった。彼は人の気をくじくほどの磊落《らいらく》さをそなえていた。
 クリストフはいつも笑ってばかりはいなかった。ジョルジュの品行は往々彼には心苦しかった。彼は聖者ではなかったし、人に向かって道徳を説く権利が自分にあるとは思わなかった。そしてジュルジュがいろんな情事を行なってることや、馬鹿げたことに財産を浪費してることなどに、もっとも気持を悪くはしなかった。彼がもっとも許しがたく思ったのは、ジョルジュが自分の過失を批判してる精神の軽佻《けいちょう》さだった。確かにジョルジュはそれらの過失を軽く見て、ごく自然なことだと考えていた。彼はクリストフとは異なった道徳観をいだいていた。一種の青年|気質《かたぎ》でもって、両性間の関係のうちには、道徳的性質をことごとく脱した自由な遊戯をしか見たがらなかった。ある種の磊落《らいらく》さと一つの呑気《のんき》な温情とだけで、正直な人間たるには十分だとしていた。クリストフのような細心な配慮に煩わされはしなかった。それでクリストフは腹をたてた。彼は自分の感じ方を他人に強《し》いまいといくら控えても、やはり寛大な措置には出られなかった。以前の激しい性質がまだすっかりは抑圧されていなかった。そして時とすると癇癪《かんしゃく》を起こした。ジョルジュのある種の情事を不潔だとしてとがめざるを得なかった。それを荒々しくジョルジュに述べたてた。ジョ
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