たり、運動をしたり、展覧会を見に行ったり、本を読んだり……。」
「教科書を読んだほうがいいだろう。」
「学校では面白いものなんか読ませやしません……。それから、私たちは旅行もします。前月は、オクスフォードとケンブリッジとの競争を見に、イギリスへ行きました。」
「そんなことをしてるから学問が進むんだ。」
「でも、学校にじっとしてるよりずっとよく物を知ります。」
「そしてお母さんは、それをなんと言ってるんだい。」
「お母さんはたいへん物がわかっています。私の望みどおりにしてくれます。」
「しようがないね!……私のような者を父親にもたなくって君は仕合わせだ。」
「あなたこそ私のような者を……。」
そのかわいげな様子には敵することができなかった。
「そしてそれほど旅行家の君は、」とクリストフは言った、「私の国を知ってるかい。」
「知っています。」
「でも君はきっとドイツ語を一言も知るまい。」
「ところがよく知っています。」
「では少しためしてみようか。」
二人はドイツ語で話し始めた。少年は不正確なたどたどしい話し方をしたが、それでもおかしなほど勢い込んでいた。きわめて怜悧《れいり》で利発だったので、理解する以上に推察していた。往々誤った推察をしては、自分の勘違いをまっ先に笑い出した。彼は熱心に自分の旅行や読書のことを話した。彼はたくさん書物を読んでいた。それも大急ぎな皮相な読み方であって、中途半端に読んでゆき、読まないところは想像してゆくのだったが、しかし至る所に感激の理由を捜し求めてる、鋭い清新な好奇心から常に狩りたてられてるのだった。彼の話は一つの事柄からつぎの事柄へと飛んでいった。彼の顔は自分が感動した光景や書物のことを話しながら活気だってきた。その知識はなんらの秩序もないものだった。つまらない書物を読んでいるくせにもっとも名高い作品を少しも知らないでいるのは、実に訳のわからないことだった。
「まあけっこうなことだ。」とクリストフは言った。「しかし君は、勉強しないでは何にもなれやしないよ。」
「なあに、私は何かになる必要はありません。金がありますから。」
「馬鹿な! そうなると大事な問題だよ。なんの役にもたたない何にもしない人間に、君はなりたいのか。」
「いえ私は反対になんでもしたいんです。一|生涯《しょうがい》一つの仕事に閉じこもるのは馬鹿げています。」
「しかしそうでなくちゃその仕事をりっぱになすことはできない。」
「よく人がそう言います。」
「なんだって、人がそう言うって?……いや、この私がそう言うのだ。私は自分の仕事をもう四十年も勉強してる。そしてようやくそれがわかりかけてきたのだ。」
「自分の仕事を学ぶのに四十年ですって! ではいつになってその仕事がやれるんでしょう?」
クリストフは笑いだした。
「理屈屋のフランス人だね!」
「私は音楽家になりたいんです。」とジョルジュは言った。
「それじゃあ、君はもう音楽をやり始めても早すぎはしないから、私が教えてあげようか。」
「ええ、そしたらどんなにうれしいでしょう!」
「明日《あした》来たまえ。君の価値をためしてみよう。もし君にそれだけの価値がなかったらピアノに手を触れることを禁ずるよ。もし君に能力があったら、君がなんとかなるように骨折ってみよう……。しかし言っておくが、私は君に勉強させるよ。」
「勉強します。」とジョルジュは大喜びで言った。
二人は翌日会うことにきめた。しかしジョルジュは帰ってゆく間ぎわになって、翌日もまたその翌日も、他に約束があることを思い出した。彼はその週の終わりにならなければ隙《ひま》がなかった。そして二人は日と時間とをきめた。
しかしその日になりその時間になると、クリストフは待ち呆《ぼう》けをくわされた。当てがはずれた。彼はジョルジュと再会することに子供らしい喜びを覚えていた。ジョルジュの不意の訪問は彼の生活を明るくしたのだった。彼は非常にうれしくなり感動して、その晩は眠れないほどだった。オリヴィエのことで自分に会いに来てくれたその若い友を、しみじみと感謝の念で思いやった。そのかわいい顔を思い浮かべては微笑《ほほえ》んだ。その自然な性情、その愛嬌《あいきょう》、その意地悪げな生一本な率直さは、彼の心を喜ばせた。オリヴィエと友情を結んだ初めのころ彼の耳や心を満たした、あの幸福の羽音に、あの無音の陶酔に、彼はまた身を任した。そのうえさらに、生者の彼方《かなた》に過去の微笑を見てとるという、いっそう真摯《しんし》なほとんど宗教的な感情までが加わっていた。――彼はジョルジュを待った、その翌日も、また翌日も。しかしだれも来なかった。詫《わ》びの手紙さえ来なかった。クリストフは寂しくなって、少年を許してやるべき理由をみずから考えめぐらした。彼はどこにあて
前へ
次へ
全85ページ中37ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ロラン ロマン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング