隠退していました。アンゼールに近い故郷の小さな町に、夫婦してもどっています。私がここにいた当時の有名な人たちは、たいてい死ぬか没落するかしています。ただ幾人かの老|案山子《かがし》どもが、二十年前に芸術や政治上の一流新進者を気取っていた者どもが、同じ贋物《にせもの》の顔つきで今日もまだいばっています。そういう仮面の連中以外には、私が見覚えのある者はだれもいませんでした。彼らは墳墓の上で渋面してるような感じを私に与えました。それは実に嫌《いや》な感情でした。――その上、当地へ着いてしばらくの間、あなたの国の金色の太陽の光から出て来た私は、事物の醜さを、北方の灰色の光を、肉体的に苦しみました。どんよりした色の家並み、ある穹窿《きゅうりゅう》や堂宇の線の凡俗さ、今まで私の気に止まらなかったそれらのものが、ひどく私の気持を害しました。精神上の雰囲気《ふんいき》も私には、それに劣らず不愉快なものでした。
それでも、私はパリー人について不平を言うべき廉《かど》はありません。私が受けた待遇は昔受けたそれとは似てもつかないものでした。私は、不在のうちに、有名らしい者になったかのようです。これについては何も申しますまい。私は有名ということの価値を知っていますから。この連中が私について言ったり書いたりしてくれる親切な事柄は、私の心を動かします。私は彼らに感謝しています。しかしなんと申したらいいでしょうか? 私は現在私をほめてる人々によりも、昔私を攻撃していた人々のほうに、より近しい気がするのです……。その罪は私にあるのです。自分でもそれを知っています。私をしからないでください。私はちょっと困惑を覚えました。そんなことは予期していなければならなかったことです。でも今では済んでしまいました。私は了解しました。そうです、あなたが私を人中に立ちもどらせたのは至当なことでした。私は孤独のうちに埋もれかかっていたのです。ツァラトゥストラの真似《まね》をするのは不健全なことです。生の波は過ぎ去ります、われわれのもとから過ぎ去ります。もはや沙漠《さばく》にすぎなくなる時期が来ます。河流の所まで砂中に新しい水路を掘るには、幾日も労苦しなければなりません。――そのことも済みました。私はもう眩暈《めまい》を覚えません。流れを結び合わせてしまったのです。私はながめてそして悟っています……。
わが友よ、この
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