きなければいけない、たえず与えて受けなければいけない、与えて与えてなお受けなければいけない……。イタリーは昔芸術の大市場であったし、未来にもあるいはふたたびそうなるかもしれないが、クリストフがいたころはそうでなかった。あらゆる国民の魂がたがいに交換される思想の市場は、今や北方に存在している。生きんと欲する者はそこで生きるべきである。
自分のことばかりに没頭していたクリストフは、ふたたび雑踏中にはいるのが嫌《いや》だった。しかしグラチアは彼の義務を彼よりもいっそうはっきりと感じていた。そして彼女は自分についてよりも彼についていっそう求むるところが多かった。それはもちろん彼を自分よりも深く尊重してるからだった。しかしまたそのほうがいっそう便利なからだった。彼女は彼に自分の精力を譲り与えていた。そして自分には平静を保留していた。――彼はそれを彼女に恨むだけの勇気がなかった。彼女はあたかもマリアのようでよい役回りをもっていた。人生においては各人それぞれの役目がある。クリストフの役目は活動することだった。彼女のほうはただ存在してるだけで足りた。彼はそれ以上を少しも彼女に求めなかった。
けれどただ、もしできるならば、彼女が彼のためにもっと少なく彼を愛し、彼女自身のためにもっと多く彼を愛すること、それが願わしかった。なぜならば彼は、彼女がその友情において、彼の利害だけしか考えないほど利己心を欠いでることを、あまりありがたいとは思っていなかった――彼自身では自分の利害なんかを少しも考えたくなかったので。
彼は出発した。彼女から遠ざかった。しかし彼女から少しも離れはしなかった。古《いにしえ》の遊行詩人が言ったように、「魂の同意あらざる限りは[#「魂の同意あらざる限りは」に傍点]、人は愛する者のもとを離れず[#「人は愛する者のもとを離れず」に傍点]。」
[#改ページ]
二
彼はパリーに着いたとき胸せまる思いがした。オリヴィエが死んで以来パリーにもどるのはそれが初めてだった。かつて彼はこの町をふたたび見ようと思ったことはなかったのである。停車場から旅館へ行く辻《つじ》馬車の中でも、彼はほとんど窓から外をながめかねた。初めの数日は室にこもったきりで、外に出る気になれなかった。戸口で自分を待ち受けてる思い出が切なかった。しかしその切なさは実のところどういうものだった
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