じことですわ。あなたはそんなものを軽蔑《けいべつ》していらっしゃいますが、私はそんなものから心を休められたり慰められたりします。私は何物も拒むことができないのです。」
「どうしてあなたはあんなつまらない奴《やつ》らに我慢ができるのですか。」
「世の中は私に気むずかしくないようにと教えてくれました。世の中にあまり多く求めてはいけません。悪意がなくてかなり親切な善良な人たちを相手にすることだけで、確かにもう十分ではありませんか……(もとより、その人たちから何にも期待しないという条件でですよ。他人を必要とする場合に、求むるような人はなかなかいないということは、私にもよくわかっています……。)けれども、あの人たちは私に好意をもってくれています。そして、私はほんとうの愛情に少し出会いますと、他のものはみな安価に与えてしまうのです。それをあなたは嫌《いや》がっていらっしゃるのでしょう? 私がつまらない人間であるのをお許しくださいね。私はせめて、自分のうちにある善《よ》いものとそれほど善くないものとを、区別することだけは知っています。そしてあなたといっしょにいるのは、私の善いほうの部分なのです。」
「私は全部がほしいんです。」と彼は不満な調子で言った。
それでも彼は、彼女がほんとうのことを言ってるのをよく感じていた。彼は彼女の愛情を信じきっていたので、数週間|躊躇《ちゅうちょ》したあとで、ついにある日彼女に尋ねた。
「あなたは望まれないんでしょうか……。」
「何を?」
「私のものになることを。」
そして彼は言い直した。
「……私があなたのものになることを。」
彼女は微笑《ほほえ》んだ。
「でもあなたは私のものですよ。」
「私の言う意味はあなたによくわかってるはずです。」
彼女は少し心を乱された。彼の手を執って、率直に彼の顔をながめた。
「いけません。」と彼女はやさしく言った。
彼は口がきけなかった。彼女は彼が苦しんでるのを見てとった。
「ごめんください、あなたをお苦しめしまして。あなたがそんなことをおっしゃるだろうということは、私にもわかっておりました。私たちはおたがいにありのままを話さなければいけませんわ、親しいお友だちとして。」
「友だちですって。」と彼は悲しげに言った。「ただそれだけですか。」
「まあ勝手な方ですこと! それ以上何を望んでいらっしゃるのですか。私
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