未来を救い上げた。われわれは約束の土地[#「約束の土地」に傍点]の入り口まで方舟[#「方舟」に傍点]を導いてきた。方舟《はこぶね》はその土地へ、彼らとともにそしてわれわれの力によってはいってゆくだろう。」
「でも彼らは、神聖なる火や、わが民族の神々や、今は大人《おとな》となってるがその当時子供だった彼らを、背に負いながら沙漠《さばく》を横切ってきたわれわれのことを、思い出してくれるでしょうか? われわれは艱苦《かんく》と忘恩とを受けてきたではありませんか。」
「それを君は遺憾に思ってるのか。」
「いいえ。われわれの時代のように、自分の産み出した時代の犠牲となる力強い一時代の悲壮な偉大さは、それを感ずる者をして恍惚《こうこつ》たらしむるほどです。現今の人々は、忍従の崇高な喜びをもはや味わうことはできないでしょう。」
「われわれはもっとも幸福だったのだ。われわれはネボの山によじ登ったのだ。山の麓《ふもと》にはわれわれのはいり込まない地方が広がっている。しかしわれわれはそこにはいり込む人々よりもいっそうよくその景色を享楽している。平野の中に降りてゆくと、その平野の広大さと遠い地平線とは見えなくなるものだ。」

 クリストフはジョルジュとエマニュエルとに平和な感化を及ぼしていたが、その力は、グラチアの愛の中から汲《く》み取っていた。その愛のために彼は、すべて若々しい者に結びついてる心地がし、生のあらゆる新しい形式にたいして、けっして鈍らない同情をいだかせられた。大地をよみがえらしてる力がどんなものであろうとも、彼は常にその力とともにいて、それが自分と反対のものであるときでさえそうだった。少数の特権者の利己心に悲鳴をあげさしてるそれらの民主主義が、近く主権を占めることにたいしても、彼は恐れの念をいだきはしなかった。年老いた芸術の念珠《ねんじゅ》に必死とすがりつきはしなかった。架空な幻像から、科学と行動との実現された夢想から、前のものよりもいっそう力強い芸術がほとばしり出るのを、確信をもって待ち受けていた。たとい旧世界の美が自分とともに滅びようとも、世界の新しい曙《あけぼの》のほうを祝福したかった。
 グラチアは自分の愛がクリストフのためになることを知っていた。自分の力を意識して自分以上の高い所へ上っていた。彼女は手紙によってある程度まで友を支配していた。それでも芸術上の指導ま
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