あるかどうかは問題としなかった。それでもクリストフは耳を貸してやり、少しも焦《じ》れてる様子を示さなかった。ただ、仕事の最中に不意にやって来られると、ぼんやりしてることがあった。それは数分間のことで、内心の作品にある特色を添えるために精神が逃げ出してるのだった。でも彼の精神は間もなくジョルジュのそばへもどってきた。ジョルジュは彼のそういう放心に気づかなかった。彼は足音をぬすんで爪先《つまきき》立ってもどってくる者のように、自分の脱走を面白がっていた。しかしジョルジュは一、二度それに気づいて、憤然として言った。
「あなたは聞いていないんですね!」
 するとクリストフは恥ずかしくなった。そして自分を許してもらうために注意を倍にしながら、気短かな相手の話をすなおに聞き始めた。その話にはおかしなことが乏しくなかった。血気にはやった無分別な事柄を聞かされると、笑わずにはいられなかった。ジョルジュはなんでも打ち明けたのだった。彼は人の気をくじくほどの磊落《らいらく》さをそなえていた。
 クリストフはいつも笑ってばかりはいなかった。ジョルジュの品行は往々彼には心苦しかった。彼は聖者ではなかったし、人に向かって道徳を説く権利が自分にあるとは思わなかった。そしてジュルジュがいろんな情事を行なってることや、馬鹿げたことに財産を浪費してることなどに、もっとも気持を悪くはしなかった。彼がもっとも許しがたく思ったのは、ジョルジュが自分の過失を批判してる精神の軽佻《けいちょう》さだった。確かにジョルジュはそれらの過失を軽く見て、ごく自然なことだと考えていた。彼はクリストフとは異なった道徳観をいだいていた。一種の青年|気質《かたぎ》でもって、両性間の関係のうちには、道徳的性質をことごとく脱した自由な遊戯をしか見たがらなかった。ある種の磊落《らいらく》さと一つの呑気《のんき》な温情とだけで、正直な人間たるには十分だとしていた。クリストフのような細心な配慮に煩わされはしなかった。それでクリストフは腹をたてた。彼は自分の感じ方を他人に強《し》いまいといくら控えても、やはり寛大な措置には出られなかった。以前の激しい性質がまだすっかりは抑圧されていなかった。そして時とすると癇癪《かんしゃく》を起こした。ジョルジュのある種の情事を不潔だとしてとがめざるを得なかった。それを荒々しくジョルジュに述べたてた。ジョ
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