馬鹿元気との混合、などがまったくそのまま彼の詩の中に見えていた。しかしパリーの靴《くつ》屋の小僧である彼は、鬘《かつら》をつけていた先人らがなしたように、また後人らがかならずなすだろうように、二千年前に死んだギリシャの英雄らや神々の身体のうちに、自分の熱情を化身せしむることが必要だった。それは実に、自分の絶対要求と合致するこの民族の不思議な本能である。自分の思想を過去の時代の痕跡《こんせき》の上にすえながら、その思想をあらゆる時代に課そうとしてるがようである。そういう古典的形式の束縛はかえって、エマニュエルの熱情にいっそう激しい勢いを与えていた。フランスの運命にたいするオリヴィエの平静な信念は、その子弟たるこの青年のうちでは、行動を渇望し勝利を信じてる燃えたった信念に変わっていた。彼は勝利を欲し、勝利を眼に見、勝利を要求していた。その誇大な信念と楽観的思想とによって、彼はフランス民衆の魂を奮起さしたのだった。彼の書物は戦闘ほどの効果があった。彼は懐疑と恐怖とからの出口を開いた。若い時代の人々は皆彼のあとにつづいて、新しい運命のほうへ飛び出していた……。
エマニュエルは話してるうちに興奮していった。眼は燃えたってき、蒼《あお》ざめた顔には赤味がさしてき、声は疳高《かんだか》になってきた。その焼きつくすような情火とその薪《まき》になってる惨《みじ》めな身体との対照を、クリストフは眼に止めざるを得なかった。そしてその運命の痛ましい皮肉にはあまり注意しなかった。精力のこの歌人、果敢な遊戯と行動と戦争との時代を賞揚してるこの詩人は、少し歩いても息切れがし、質素な生活をし、きわめて厳格な摂生を守り、水を飲み物とし、煙草《たばこ》を吸うことができず、女に近づかず、あらゆる情熱を内に蔵しながら、健康のために禁欲主義を事としなければならなかった。
クリストフはエマニュエルを観察しながら、感嘆と親愛な憐憫《れんびん》との交じり合った気持を覚えた。彼はそれを少しも様子に示そうとはしなかった。しかし彼の眼はそれを多少現わしていたに違いなかった。あるいはまた、脇《わき》腹に常に開いている傷口をもってるエマニュエルの自負心は、憎悪よりもいっそう嫌《いや》な憐愍《れんびん》の念を、クリストフの眼の中に読みとれるように思った。そして彼の熱は突然さめた。彼は話しやめた。クリストフは彼をまた打ち解
前へ
次へ
全170ページ中62ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ロラン ロマン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング