女はそれを見てとる隙《ひま》がなかった。彼女はもうジューシエとの諍《あらそ》いのほうへ心を取られていた。ただオリヴィエ一人がエマニュエルの当惑に気づいた。そしてその様子を見守った。エマニュエルは薄暗い所へ退きながら、両手を震わし、額を下げ、眼を伏せて、熱いいらだった横目でじろりと女のほうを見やっていた。オリヴィエは彼に近寄り、やさしく丁寧《ていねい》に話しかけ、彼を手馴《てな》ずけた……。人の尊敬を受けたことのない心は、やさしい態度に接していかに喜びを感ずることだろう! あたかも一滴の水のようなもので、乾《かわ》ききった地面はそれを貪《むさぼ》るように吸い込むのである。ただ数言だけで、一つの微笑《ほほえ》みだけで、エマニュエルはもう心の底で、自分をオリヴィエにささげつくし、またオリヴィエを自分のものだときめてしまった。その後、往来でオリヴィエに出会って、たがいに近所同士であることを知ると、自分の思い違いでなかったということを、運命の神秘な標《しるし》で示されたような気がした。彼は店の前をオリヴィエが通りかかるのを待ち受けて挨拶《あいさつ》をした。オリヴィエがうっかりしていて彼のほうを見
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