こを通り越した。しかし数歩行ってから立ち止まった。その男の眼に見覚えがあった。彼は振り返った。男は身動きもしないで、前方の一物をじっと見つめつづけていた。しかし連れの男はクリストフをながめていた。クリストフは手|真似《まね》をした。彼はやって来た。
「あれはどういう人ですか。」とクリストフは尋ねた。
「あの療養院の入院患者です。」と男は建物をさしながら言った。
「私はあの人を知ってるような気がしますが。」とクリストフは言った。
「そうかもしれません。」と男は言った。「ドイツでごく名高い作家ですから。」
 クリストフは名前を言ってみた。まさしくその名前だった。――クリストフは昔マンハイムの雑誌に筆を執っていたころ、彼に会ったことがあった。当時二人は敵だった。クリストフはほんの出たてだったし、向こうはすでに名高くなっていた。自信の強いしっかりした男で、自分以外のものはすべてを軽蔑《けいべつ》していて、一般の凡庸な作品を現実的な肉感的な芸術で風靡《ふうび》してる名高い小説家だった。彼を嫌《きら》っていたクリストフも、その唯物的な真摯《しんし》な偏狭な芸術の完璧《かんぺき》を嘆賞せざるを得なか
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