ともさし迫ってる危険に魅せられていた。
彼は惘然《ぼうぜん》たる状態から身をもぎ離して、室の中を少し歩いた。ピアノに心ひかれまた脅かされた。ピアノを見ないようにした。しかしそのそばを通りかかると、手を差し出さずにはいられなかった。手は一つの鍵《キー》に触れた。その音《おん》は声のように震えた。アンナはぞっとして仕事を取り落とした。クリストフはもう腰をおろしてひいていた。アンナが立ち上がり、やって来て、そばに立ってるのを、彼は眼に見ないでも気づいた。自分が何をしてるかも知らないで彼は、彼女が初めて正体を示して歌ったあの宗教的な熱烈な曲をひいた。またその主題に基づいて激越な変奏曲を即興にひいた。彼が一言もいわないのに、彼女は歌い始めた。二人は周囲の事柄をうち忘れた。音楽の神聖な熱狂にしかととらえられた……。
おう、魂の深淵《しんえん》をうち開く音楽よ! 汝は精神の平素の均衡を滅ぼす。尋常の生活においては、尋常の魂は閉《と》ざされたる室である。その内部にて、用途のないもろもろの力は、使用がはばかられる美徳や悪徳は、萎《な》えしぼんでゆく。実際的な賢い理性が、卑怯《ひきょう》な常識が、室
前へ
次へ
全367ページ中260ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ロラン ロマン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング