なんの役にたとう? 彼は音楽にももう堪えがたくなっていた。人は芸術を――(またその他のものをも)――ただ不幸によってのみほんとうに判じ得るのである。不幸こそ試金石である。幾世紀をも通り越す人々、死よりもさらに強い人々は、ただ不幸のうちにおいてのみ知らるる。不幸に拮抗《きっこう》し得る者はきわめて少ない。自分の信頼してる魂が――(愛する芸術家や畢世《ひっせい》の友が)――いかに凡庸であるかに人は驚かされる。――だれが残存し得るか? 世界の美も苦悩の指でたたかれると、いかに空《うつ》ろな音をたてることぞ!
 しかしやがては苦悩も疲れ、その手は麻痺《まひ》してくる。クリストフの神経はゆるんできた。彼はたえず眠りつづけた。その睡眠の飢えはいつまでも満たされそうにないかと思われた。
 ついにある夜彼は非常に深い眠りに陥って、翌日の午後になってようやく眼を覚ました。家は寂然《じゃくねん》としていた。ブラウンは夫妻とも外出していた。窓が開いていて、輝かしい空気が笑っていた。クリストフは堪えがたい重荷をおろした心地だった。立ち上がって庭に降りた。修道院めいた高い壁に囲まれてる狭い方形の庭だった。芝生や
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