差し通した。相手を殺してることを感じた。殺してしまった。すると突然、彼の眼にはすべてが一変して映じた。彼は酔った。彼は怒号した。
彼の叫び声は、想像も及ばないほどの効果を生じた。群集は血の匂《にお》いを嗅《か》いでしまった。たちまちのうちに群集は獰猛《どうもう》な暴徒と化した。四方から鉄砲が発射された。人家の窓には赤旗が現われた。パリーのもろもろの革命の古い伝統によって、防寨《ぼうさい》が一つ作られた。街路の舗石はめくられ、ガス燈はねじ曲げられ、樹木は倒され、一台の乗合馬車がくつがえされた。市街鉄道工事のために数か月来掘り開かれていた溝《みぞ》が利用された。樹木のまわりの鋳鉄|柵《さく》は寸断されて弾丸にされた。武器が人々のポケットや人家の奥から取り出された。一時間とたたないうちに暴動となった。どの町も包囲状態になった。そして防寨の上では、今までと見違えるようになったクリストフが、自作の革命歌を高唱し、多くの人々がそれを繰り返していた。
オリヴィエはオーレリーの家に運ばれていた。彼は意識を失っていた。薄暗い奥の室の寝台に寝かされていた。その足もとに、佝僂《せむし》の少年が途方にくれて立っていた。ベルトは最初ひどく心を痛めた。グライヨーが負傷したのだと遠くから思った。そして、実はオリヴィエだったことを認めて、最初にこう叫んだ。
「まあよかった。レオポールだと思ってたのに……。」
けれど今では、オリヴィエに同情して抱擁してやり、その頭を枕《まくら》の上にささえてやった。オーレリーはいつもの落ち着き払った様子で、着物をぬがして、応急の手当をしてやった。マヌース・ハイマンが、いつもいっしょのカネーとともに、おりよくそこに居合わしていた。彼らはクリストフと同様に好奇心から、示威運動を見物に来たのだった。そして騒動の現場に臨んで、オリヴィエが倒れるのを見たのだった。カネーは声を立てて泣いていた。と同時にまたこう考えていた。
「こんな危なっかしい所に俺《おれ》はいったい何をしに来たんだろう?」
マヌースは負傷者を診察した。そしてすぐに、もう駄目《だめ》だと判断した。彼はオリヴィエに同情をもっていた。しかしどうにもできないことにぐずついてるような男ではなかった。彼はオリヴィエのことはもう見切りをつけて、クリストフのことを考えた。クリストフを病理学の一例としてながめながら感嘆していた。クリストフの革命観を知っていた。自分に関係もない主旨のために冒してる馬鹿げた危険から、クリストフを救い出してやりたかった。無謀な行ないの中で頭を割るの危険ばかりではなかった。もし捕縛されたらあらゆる返報を受けるに違いなかった。もう長い前から警告されていたし、警察から眼をつけられていた。自分の暴挙ばかりでなく他人の暴挙をも背負わせられそうだった。グザヴィエ・ベルナールが職務上と面白半分とで群集の間をうろついてたが、マヌースに出会って、通りすがりに呼び止めて言った。
「クラフト君は馬鹿だ。防寨の上で浮かれきっている最中だ。こんどはわれわれのほうでも不問に付しちゃおけない。なんとか、逃走するようにしてやりたまえ。」
言うは易《やす》く行なうは難《かた》かった。オリヴィエが死にかかってることをもし知ったら、クリストフは怒りに狂い立って、人を殺し自分も殺されるだろう。マヌースはベルナールに言った。
「すぐに出発させなけりゃ駄目だ。僕が連れ出そう。」
「どういうふうにして?」
「カネーの自動車で。向こうの町角にあるから。」
「それはどうも……。」とカネーは息をつまらして言った。
「彼をラローシュに連れて行ってくれ。」とマヌースは言いつづけた。「ポンタルリエ行きの急行に間に合うだろう。そしてスイスに落としてやってくれ。」
「承知しやすまい。」
「承知するよ。ジャンナンはもう出発していて、向こうでいっしょになるだろうと、僕が言ってやろう。」
カネーの異議を耳にも入れずに、マヌースは防寨の上へクリストフを捜しに行った。彼は大して勇気がなかった。小銃の音を聞くたびに背をかがめた。自分が殺されるかどうか知るために、歩いてる舗石の数を――(偶数か奇数か)――数えていた。しかしあとに引き返しはしないで、行く所までやって行った。彼が着いたとき、クリストフはくつがえされた乗合馬車の車輪の上に上って、ピストルを空中に発射して面白がっていた。防寨の周囲には、舗石から吐き出されたパリー下層民らが、豪雨のあとの下水道の汚水のようにあふれていた。最初の戦士らはその中に没してしまっていた。マヌースはこちらに背を向けてるクリストフを呼んだ。クリストフにはそれが聞こえなかった。マヌースは彼のところまでよじ上っていって袖《そで》を引っ張った。クリストフはそれを振り払って危うく突き落とそうとした。マ
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