彼に近づいていった。少しも叫び声を出さず、荒々しい言葉を少しも発せず、街頭の粗暴さからまったく離れたような、その黙々たる魂に、彼はひきつけられた。書物で、幾世紀もの魔法的な言葉で、いっぱいになってるその室から、ほとんど宗教的な尊敬の念を覚えさせられた。彼はオリヴィエの問いにたいして、傲慢《ごうまん》な粗野な気持をびくつかせながら、喜んで答えをした。しかし言い現わし方がうまくゆかなかった。オリヴィエはその朦朧《もうろう》とした言い渋りがちの魂を、注意深く解きほどいてやった。そして、世界の改造にたいする馬鹿げたしかも痛切な信仰を、彼はしだいに読みとることができた。その信仰は不可能事を夢みてるものであり人間を変えないものであるとわかってはいたが、彼はそれを笑いたくはなかった。キリスト教徒も不可能事を夢みたし、また人間を変えはしなかったのだ。ペリクレスの時代からファリエール氏の時代に至るまで、どこに精神上の進歩があるか?……しかしあらゆる信仰はみな美しい。他の信仰が薄らいでるおりには、現に輝き出してる信仰だけでも救うべきである。けっして信仰の多すぎるということはあり得ないだろう。オリヴィエは感動した好奇心で、少年の頭脳の中に燃えてる不安定な光をながめた。なんという不思議な頭脳ぞ!……しかしオリヴィエは、その思想の動きを一々見てとることができなかった。その思想は、持続した合理的な努力をすることができず、一足飛びに進んでゆくのであって、人から話をされても、そのあとについてゆかずに遠く後方に遅れながら、先刻言われた一言によって、どういうふうにしてか、ある一つの幻影を描き出してそれにしがみつき、つぎに突然話し手に追いつき、一飛びに話し手を追い越して、ごく平凡な一つの考えから、世俗的な用心深い一つの文句から、夢幻的な一世界を、勇壮な狂的な一つの信条[#「信条」に傍点]を、迸《ほとばし》り出させるのであった。うつらうつらしていてときどき急激に眼を覚ますその魂は、楽天主義を子供らしくまた力強く要求していた。芸術にせよ科学にせよ人から言われるすべてのことに、その魂は、自分の空想の願望を満足させるべき、楽しい劇的終局をつけ加えていた。
オリヴィエは好奇心のために、日曜日には少年へ何かを読んできかした。現実的な家庭的な物語が彼の興味をひくだろうと思っていた。そしてトルストイの幼年時代の思い出
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