けり、上役の悪口を言いながら自分らの生活のつまらなさの腹|癒《い》せをし、彼が精神的な野心をもってるというので冷笑していた。彼はその精神的野心を一同に隠し了《おお》せるほど賢くなかったのである。それから彼は家に帰ると、住居は無趣味で悪臭がしており、妻は騒々しい平凡な女で、彼にたいして少しも理解がなく、彼は瞞着《まんちゃく》者かもしくは狂人だと見なしていた。子供たちは彼には少しも似ないで、母親に似ていた。それらのことはみな正しいことだったか。正しいことだったのか? 多くの違算や苦しみ、絶えざる困窮、朝から晩まで彼をとらえて放さぬ職務、一時間の黙想をも、一時間の沈黙をも、けっして見出し得ないあわただしさ、などのために彼は、体力消耗と神経衰弱的興奮との状態に陥ってしまった。万事を忘れつくすために彼は、近来酒の力をかりるようになったが、そのためにすっかり破滅されてしまった。――クリストフは彼の運命の悲劇に心打たれた。不完全な性格で、十分の教養と芸術的趣味とをそなえてはいなかったが、りっぱな仕事をなすようにできていて、しかも不運のために押しつぶされてしまったのである。ゴーティエはすぐにクリストフへすがりついてきた。おぼれかかった弱い者が水練家の腕に手を触れて、それにすがりつくのと同じだった。彼はクリストフにたいして、同感と羨望《せんぼう》との交じり合った気持をいだいていた。彼はクリストフを民衆の会合へ案内してゆき、革命派の首領らに会わした。しかし彼がその一流に加わってるのは、ただ社会にたいする怨恨《えんこん》からであった。なぜなら、彼はなりそこねた貴族だったから。彼は民衆に立ち交じって苦々しい苦しみを覚えていた。
 クリストフはゴーティエよりもはるかに平民的だったので――強《し》いて平民的たる必要がなかっただけになおさら平民的だったので――それらの会合が面白かった。演説をきくのが楽しみだった。彼はオリヴィエのような嫌悪《けんお》の情を覚えなかった。彼は言語の滑稽《こっけい》さをあまり感じなかった。彼にとってはどんな種類の饒舌《じょうぜつ》家もみな同じだった。彼は一般に雄弁を軽蔑《けいべつ》するふうをしていた。その美辞麗句をよく理解しようなどとは骨折らずに、話してる人と聴《き》いてる人々とを通してその音楽を感じた。演説者の力は聴衆のうちの共鳴によって百倍加されていた。初めクリス
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