エの室にはいって来た。オリヴィエが署名してる間に、彼は書棚《しょだな》の書冊をのぞき込みながら表題を見て回った。
「ははあ、」と彼は言った、「古典をおもちですね……。」
 そして言い添えた。
「私はブールゴーニュに関する歴史の古本を集めています。」
「君はブールゴーニュの人ですか。」とオリヴィエは尋ねた。

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「豪気なブールゴーニュ人
剣を横たえ
顎髯《あごひげ》生やし
跳《は》ねよブールゴーニュ人。」
[#ここで字下げ終わり]

と郵便集配人は笑いながら答えた。「私はアヴァロンの者です。一二〇〇年ごろからの家系やなんかをもっていますよ。」
 オリヴィエはちょっと気をひかれて、もっと知りたくなった。ユルトゥルーはもとより話したがっていた。彼は実際、ブールゴーニュのもっとも古い家柄の一つに属していた。先祖のうちには、フィリップ・オーギュストの十字軍に加わった者も一人あった。また他の一人は、アンリ二世の下の国務大臣だった。十七世紀からしだいに一家は衰微してきた。大革命のときに、一家は没落して民衆の潮の中に沈み込んだ。そして今ようやく、郵便集配人ユルトゥルーの正直な勤労と肉体精神の強健とによって、また己《おの》が種族にたいする彼の忠実さによって、水面に浮かび上がってきたのだった。彼の最上の楽しみは、自分の一家やその故郷に関する歴史的および家系的記録を集めることだった。休みのときには文書館へ古い書類を写しに行った。自分にわからないことがあると、古典学校やソルボンヌ大学などの懇意な学生のところへ行って説明してもらった。彼は著名な先祖のことにも眼を回しはしなかった。不幸な運命にたいする聊《いささか》の不満も示さず、笑いながら先祖のことを話した。彼は見るも愉快なほどの無頓着《むとんじゃく》な強健な快活さをそなえていた。幾世紀かの間なみなみと流れ、幾世紀かの間地下に隠れ、つぎにまた、新しい精力を地底で回収して湧《わ》き出してくる、種族の生の神秘な消長のことを、オリヴィエは彼をながめながら考えた。そして民衆なるものは、過去の河流が流れ込んで見えなくなり、また、名前は違うが往々にして同じものである未来の河流が流れ出してくる、一つの巨大な貯水池であるかのように、オリヴィエには思われたのだった。
 ゲランとユルトゥルーとは、オリヴィエの気に入る人物だった。しかし彼らは
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