的な反発の念でレーネットから遠ざかった。立ち止まりもせず顔を伏せてその家の前を通り過ぎた。そして野良犬のように、不安心な心持で遠くをうろついた。それからまたやって来るようになった。彼女はいかにも一人前の女ではなかった……。寝間着のような長い仕事着をつけてる製本女工ら――飢えた眼つきで通りがかりの人の肉体まで見通す、あの笑い好きな大娘たち――その間を印刷工場からの帰りに、できるだけ身を縮こめて通りぬけるとき、いかに彼はレーネットの窓のほうへ逃げ寄って来たことだろう! 彼は相手の娘が不具者であることをありがたがっていた。彼女に向かい合うと、自分のほうがすぐれてるような様子をすることができたし、保護者らしい様子をさえすることができた。街路の出来事を話してきかせ、自分をりっぱな地位に置いて話をした。時とすると、洒落《しゃ》れた気持になって、冬は焼栗《やきぐり》や夏は一つかみの桜実などを、レーネットへもって来た。彼女のほうでは、店先の二つのガラス器にいっぱいはいってる種々な色のボンボンを、少し彼に与えた。そして二人はいっしょに絵葉書をながめたりした。それは楽しい時間だった。彼らは二人とも、自分の幼い魂を閉じこめてる悲しい肉体のことを忘れるのだった。
 しかし二人はまた、政治や宗教などのことを大人《おとな》のように話しだすこともあった。すると彼らは大人と同様に馬鹿になった。やさしい理解は破れた。彼女は奇跡や九日|祈祷《きとう》や、紙レースで縁取った信仰画像や、贖宥《しょくゆう》のことなどを話した。彼は祖父から聞いたとおりに、そんなことは馬鹿げた虚偽なものだと言った。そしてこんどは彼が、祖父に連れて行かれた公衆の会合のことなどを話そうとすると、彼女は蔑《さげす》むようにそれを遮《さえぎ》って、その人たちはみな酔っ払いだと言った。会話は苦々しくなっていった。そして自分の身内の者のことになった。一人は相手の母親のことについて、一人は相手の祖父のことについて、祖父や母親が言ってる悪口をくり返した。つぎには自分たちのことになった。たがいに不愉快な事を言い合おうとつとめた。訳なくそれができた。彼はもっとも乱暴なことを言った。が彼女はもっとも意地悪い言葉を見つけ出すことができた。すると彼は帰っていった。またやって来ると、他の娘たちと遊んだとか、その娘たちは皆きれいだとか、いっしょに大笑いをし
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