なかった。しかし興味あるのはその例外の時である――深い淵《ふち》が、無数の人々の共通な魂が、一閃の光によって寸秒の間てらし出されるときである。その共通な魂の力が、一人の俳優のうちに表現されるのである。
そういう共通な魂をこそ、大芸術家は表現すべきであった。大芸術家の理想は、生きたる客観主義であるべきだった。みずから自我の衣を脱いで、世界を吹き渡る多衆的熱情の衣をまとう、古《いにしえ》の楽詩人に見るような、生きたる客観主義であるべきだった。フランソアーズは、いつも自分自身を演出していて、私心を脱却することができなかっただけに、ますますそういう要求を強く感じていた。――個人的情緒の乱雑な発揚は、一世紀半ばかり以前から、ある病的な趣きを帯びてきている。しかし精神上の偉大さは、多く感じ多く支配することにある。言葉は簡潔で思想は貞節であることにある。思想を並べたてないことにある。半音にして了解する人々に向かって、男子に向かって、幼稚な誇張や女々《めめ》しい激情なしに、一つの眼つきで、一つの深い言葉で、話しかけることにある。近代の音楽は、あまりに自己のことばかりを語って、あらゆる事柄に不謹慎な内
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