うれしかった。彼は彼女がみごとな声をもってることに気づいていた。彼女はそれをみずから少しも知らなかった。彼は強《し》いて彼女に練習をさした。ドイツの古い歌曲《リード》や自分の音楽などを歌わせた。彼女はそれに興味を見出して、彼はもとより自分でも驚くほどの進歩をした。彼女は非常に豊かな天分をもっていた。音楽の火の粉は不思議にも、芸術的感情の欠けてるこのパリー小市民の娘の上に落ちていた。このフィロメール――(そう彼は彼女を名づけていた)――は、時とすると音楽の話をすることもあったが、それはいつも実際的な方面についてであって、けっして感情的な方面についてではなかった。彼女は歌やピアノの技術についてしか興味をもっていないらしかった。二人はいっしょにいて音楽を奏していないときには、たいてい家事や料理や家庭生活など、もっとも通俗な話ばかりした。そしてクリストフは、普通の女相手にはそういう会話を一分も辛抱できなかったはずなのに、このフィロメールを相手にするといかにも当然らしく話し合っていた。
 かくて二人は差し向かいになって晩を過ごした。落ち着いたほとんど冷やかな愛情で真面目《まじめ》に愛し合っていた
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