くは天才をもってるクリストフのような熱情家らを感嘆していた。しかし彼らをうらやみはしなかった。彼らのような不安や天才などをもっていたとて、それを彼女はどうすることができたろうか?
それではどうして彼らの音楽を彼女は感じ得ていたのか? それは彼女自身でも説明しかねたに違いない。しかし彼女が知ってたことは、自分が彼らの音楽を感じてるという事実だった。他の熟練家らよりも彼女のまさってる点は、その肉体上および精神上の頑健《がんけん》な平衡であった。私的熱情のない彼女の生の豊満のうちに、他人の熱情は花を咲かすべき肥沃《ひよく》な土地を見出していた。彼女はそれから少しも乱されなかった。芸術家を噛《か》みつくしたそれらの恐ろしい熱情を、彼女はその活力を少しも失わせないで演出していたが、その害毒を身に受けることはけっしてなかった。ただ力と後の快い疲労とを感ずるばかりだった。演奏を終えると、汗まみれになってぐったりしていた。それでも静かに微笑を浮かべて、そしてうれしがっていた。
クリストフはある晩彼女の演奏を聴《き》いて、その演奏振りに驚かされた。音楽会が終わって握手をしに行った。彼女はそれを感謝した。その音楽会には聴衆が少なかったし、また彼女は賛辞にたいして鈍感になってもいなかった。元来彼女は、音楽上のいずれかの党派に加わるだけの利口さももたなかったし、崇拝者の群れをあとに従えるだけの策術ももたなかったし、また、あるいは技巧上に多少の誇張を施すことによって、あるいは定評ある各作を勝手気ままに演出することによって、あるいは、ヨハン・セバスチアン・バッハやベートーヴェンなどという大家ばかりをほしいままに演奏することによって、とくに人目をひこうともしなかったし、また自分の演奏するものについてなんらの理論をもいだかず、ただ感ずるままを率直に出演して満足していた――それゆえに、だれも彼女へ注意を払わなかった。批評家らは彼女を知っていなかった。彼女がりっぱに演奏してることを、批評家らはだれからも聞かせられなかったし、またそれを自分で認めることもできなかったのである。
クリストフはその後しばしばセシルに会った。この丈夫な落ち着いた娘は、謎《なぞ》のように彼をひきつけた。彼女は気丈で淡々としていた。彼は彼女があまり世に知られていないことを憤慨し、グラン[#「グラン」に傍点]・ジュールナル[#
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