り得たとしても、なお温室の果実にすぎない。偉大なゲーテといえども、いかに努力しても甲斐《かい》がない。魂の四|肢《し》は萎縮《いしゅく》している、主要な機能は富に滅ぼされてなくなっている。君はゲーテほどの活力ももたないから、富のために蚕食されてしまうだろう。少なくともゲーテが避けていた金持ちの女からは、君はさらに蚕食されてしまうだろう。男子だけが天の災いにたいして反抗し得る。男子のうちには、生来の野性があり、人を大地に結びつける激しい仕合わせな本能の層がある。しかし女にはすっかり毒が回っていて、その毒を他人へも伝える。女は富の悪臭を喜ぶものだ。財産をもっていながらなお心が健全である女は、天才をもってる百方長者と同様に、一種の奇跡と言ってもいい……。それにまた、僕は怪物を好まない。生きるために必要な分け前より以上のものをもってる者は、一つの怪物である――他人をかじってる人間の癌腫《がんしゅ》である。」
オリヴィエは笑っていた。
「だって、ジャックリーヌが貧乏でないからといって、僕はいまさら愛しやめることもできないし、また僕にたいする愛のために、無理に貧乏にならせることもできないからね。」
「それじゃ、彼女を救うことができないとしても、せめて自分自身を救いたまえ。そしてそれはまた、彼女を救うもっともいいやり方なのだ。自分の純潔を保ちたまえ。働きたまえ。」
オリヴィエはクリストフからそういう懸念を伝えられるに及ばなかった。彼はクリストフよりもなおいっそう、反応しやすい魂をそなえていた。といって金にたいするクリストフの奇矯《ききょう》な説を、真面目《まじめ》に受け取ったわけではない。彼自身昔は富裕であったし、富を忌みきらってはしなかったし、ジャックリーヌのきれいな顔には富がふさわしいと思っていた。けれども、自分の恋愛に利害の念が交じってると人に思われることは、堪え得られなかった。彼はふたたび大学の職を求めた。けれど当分のうちは、地方の中学のつまらぬ地位以上のものは得られそうになかった。それはジャックリーヌへの結婚の贈り物としては、あまりに見すぼらしかった。彼はそのことをおずおず彼女に話した。ジャックリーヌは初め、彼の道理を認めかねた。それはクリストフから吹き込まれた誇大な自尊心のゆえだとし、そういう自尊心を滑稽《こっけい》なものだと思った。愛するときには、愛する者の財産
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