女も客も別にまごつかなかった。そしてしかつめらしく話しつづけた。ジャックリーヌは茶の支度をしていたが、びっくりして茶碗《ちゃわん》を取り落としかけた。自分の後ろで、二人が賢《さか》しい微笑をかわしてるような気がした。振り向いてみると、二人の眼は目配《めくば》せをし合っていたが、すぐに素知らぬふうをした。――ジャックリーヌはその発見に心転倒した。自由に育てられた年若い彼女は、そういう種類の男女関係を、しばしば耳にしたりまた自分でも笑いながら話したりしたが、今やそうした母親を見出すと、堪えがたい苦しみを覚えた……。自分の母が……いや、それは他の事と同一にはならない!……彼女はいつもの誇張癖のため、極端から他の極端へ走った。それまでは何一つ疑ったことがなかった。けれどそれ以来は、すべてのことを疑った。母の過去の行ないのいろんなことを、一生懸命に細かく考察してみた。そしてもちろんランジェー夫人の軽佻《けいちょう》さは、そういう嫌疑《けんぎ》に豊富な材料を与えるものだった。ジャックリーヌはそれへさらに尾鰭《おひれ》をつけた。彼女は父のほうへ接近したかった。母より父のほうがいつも自分に近かったし、その知力にずいぶん魅せられていた。いっそう父を愛したかったし、父を気の毒がりたかった。しかしランジェーは、人から気の毒がられる必要をもたないらしかった。そして娘のひどく興奮した精神には、ある疑いが、前のよりいっそう恐ろしい疑いが起こった――父は何にも知らないのではないが、何にも知らないほうがかえって便利だと思っていて、自分だけ勝手に行動しさえすれば他のことはどうでもよいとしてるのだ、という疑いが起こった。
 するとジャックリーヌは、もうどうにもならない気がした。彼女は両親を軽蔑《けいべつ》しかねた。両親を愛していた。しかしもうこのままの生活をつづけることはできなかった。シモーヌ・アダンにたいする友誼《ゆうぎ》も、なんの助けともならなかった。この旧友の弱点を彼女は厳格に批判した。また自分自身をも容赦しなかった。自分のうちに醜いものや凡庸なものを認めて苦しんだ。そして必死となってマルトの清浄な思い出にすがりついた。しかしその思い出もしだいに消えていった。日々の波がつぎつぎにそれを覆《おお》いかぶせて、その痕跡《こんせき》を洗い去るようだった。そうなったらもう何もかも駄目《だめ》である。自分
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