結婚――(彼らにとっては真の恋愛結婚)――をしたのだった。金銭は残っていたが、愛情は飛び去ってしまっていた。それでもなお多少の火花が消えずにいた。なぜならどちらの愛欲もきわめて強烈だったから。しかし彼らは大袈裟《おおげさ》な貞節観念を鼻にかけてるのではなかった。各自に自分の仕事や快楽を追い求めていた。そして、利己的な気ままな抜け目ない好伴侶《こうはんりょ》として、よく気が合っていた。
彼らの娘は、二人の間の連繋《れんけい》であるとともに、暗黙な競争の種となった。二人とも娘を嫉妬《しっと》深いほど愛していた。どちらも娘のうちに、好ましい欠点をそなえてる自分の姿を見出し、その欠点は娘の優美のために理想化されて眼に映った。そしてたがいに娘を奪い取ろうと内々努力した。娘のほうでは、全世界が自分のまわりに引きつけられてると信じがちな子供特有のずるい無邪気さをもって、そのことを感ぜずにはいなかった。そしてそれにつけ込んだ。両親の間にたえず愛情のせり上げを起こさした。どんなわがままでも、一方から拒まれるときっと他方から承知された。すると一方は先を越されたことに困って、他方が与えた以上のものをすぐに与えるのだった。かくて娘はひどく甘やかされた。ただ仕合わせなことには、彼女は性質中に何にも悪いものをもってはいなかった――利己心を除いては。ただしこの利己心は、すべての子供にほとんど共通なものではあるが、あまりに大事にされる金持ちの子供にあっては、障害のないことからくる病的な形をとるものである。
ランジェー夫妻は、娘を鍾愛《しょうあい》しながらも、自分一身の安逸を少しも犠牲にしたがらなかった。一日の大半は娘を一人放っておいた。それで娘は、夢想する時間に少しも不足を覚えなかった。彼女は早熟であるうえに、自分の前でされる不謹慎な話――(人々は彼女に少しも遠慮をしなかった)――からすぐに啓発されて、六歳になったときにはもう、夫や妻や情人を人物とするちょっとした恋物語を、人形に話してきかせるようになった。もとより彼女のほうに悪心は少しもなかった。けれどそれらの言葉の下にある感情の影をちらと見た目から、人形へ話すのはふっつりよしてしまって、その詩を自分自身だけのものとした。彼女のうちには無邪気な情欲の素質があって、それが地平線の彼方《かなた》はるかな眼に見えない鐘のように、遠くで鳴り響いていた
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