に出会って驚いた。若い音楽家で、精気と才能とを十分にもちながら、成功のために廃頽《はいたい》して、自分を窒息させる阿諛《あゆ》の香を嗅《か》ぐことばかり考え、享楽し眠ることばかり考えてる者があった。そしてその二十年後の姿は、客間の他の隅《すみ》にいる老大家のうちにちょうど現われていた。その老大家は、煉脂《ねりあぶら》を塗りたて、金持ちで高名で、あらゆる学芸院の会員であり、最高位に上りつめていて、もはや何も恐るべきものも仮借《かしゃく》すべきものもないらしく見えながら、あらゆる人の前に平伏し、世論や権力や新聞雑誌の前にびくびくし、もう自分の考えもあえて口に出さず、そのうえもはや考えることもなく、もはや生存することもなく、自分自身の残骸《ざんがい》をになってる驢馬《ろば》となって公衆の前に身をさらしていた。
 それらの芸術家や才士は、過去に大人物であったかもしくは大人物になり得られるはずであったが、その各人の後ろにはかならず女が隠れていて、その女から身を滅ぼされてるのであった。どの女も皆危険だった、愚かな女も愚かでない女も、人を愛する女も我が身を愛する女も。そしてすぐれた女ほどさらに危険だった。すぐれてるだけにますます、間違った愛情を押しかぶせて芸術家を窒息させるのだった。その愛情はひたすら、天才を飼い馴《な》らし、平らにし、枝を切り、削り、香りをつけて、ついには天才を、自分の感受性や小さな虚栄心や平凡さと同程度のものとなし、自分たちの社会の平凡さと同種のものとなしてしまうのだった。
 クリストフはそういう社会を通り過ぎただけではあったが、その危険を感ずるくらいには十分よく観察した。一人ならずの女が、彼を自分の客間に独占しようとし、自分一人の用に独占しようとした。そしてクリストフも、何かを匂《にお》わせる微笑の釣針《つりばり》を、少しくわえないでもなかった。もし彼に健全な良識がなかったならば、また彼女らの周囲で近代のキルケーどもからすでに多くの者が変形されてる不安な実例がなかったならば、彼も無事にのがれ得はしなかったろう。だが彼は、のろま男の番人たるそれら美人連の群れを、さらに増加したい心は少しもなかった。彼を追っかけてくる女たちがもっと少なかったら、彼にとって危険はいっそう大きかったろう。けれどもう今では、すべての男女が自分たちのうちに一人の天才がいることをよく承知し
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