あって――あるいは、寝所の帷《とばり》の下に隠れたもの――あるいは、傷つけられた自尊心、気づかれ批判された心の秘密――あるいは……彼女自身にさえよくわからない、いろんなものである。知らず知らずなされたものでしかも彼女がけっして許し得ないほどの、ある隠れた侮辱が世にはある。男にはそれがどうしてもわからないし、女自身にもよくわかってはいない。しかしその侮辱は彼女の肉体の中に刻みつけられる。彼女の肉体はけっしてそれを忘れない。
愛情を流し去るこの恐るべき力にたいして戦うことは、オリヴィエとはまったく異なった性質の男でなければできないのだった――もっと自然に近く、もっと単純であるとともに撓《たわ》みやすく、感傷的な懸念に煩わされず、本能に富み、必要に応じては理性が認めない行動をもなし得るような男でなければ、できないのだった。ところがオリヴィエは前もって打ち負け落胆していた。彼はあまりに明敏だったので、ジャックリーヌのうちに、その意志よりも強い遺伝性があるのを、母親の魂がふたたび現われてきてるのを、長い前から認めていた。彼女がその種族の奥底に石のようにころがり落ちるのを、彼は見てとっていた。そして弱くかつ拙劣だったので、いくら骨折ってもますます彼女の墜落を早めるばかりだった。彼は静平にしていようとつとめた。しかし彼女は無意識的な考慮をめぐらして、彼を軽蔑《けいべつ》すべき理由を得んがために、その静平から脱せさせんとし、乱暴な激しい卑しいことを言わせようとした。もし彼が怒れば、彼女は彼を軽蔑した。もし彼がそのあとできまり悪がって恥ずかしい様子をすれば、彼女はいっそう彼を軽蔑した。また彼がもし怒らなければ、怒ろうとしなければ――こんどは、彼女は彼を憎んだ。そしてもっともいけないのは、顔をつき合わせながら幾日も黙り込んでることだった。人を窒息させ狂乱させるような沈黙で、それに浸っているともっともやさしい者でさえも、ついには狂暴になってきて、害したり怒鳴ったり怒鳴らしたりしたい欲求をときどき覚えるものである。そういう沈黙では、まっ暗な沈黙では、愛もまったく分散してしまい、人はあたかも天体のように、各自に自分の軌道に従って、暗黒の中に没してゆく。……ジャックリーヌとオリヴィエとは、たがいに接近するためになす事柄までがすべて疎隔の原因となるまでに、立ち至ってしまった。彼らの生活は堪えが
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