い起こしてみたまえ。かつて人が自分になしてくれた幸福と善とを他人に――たとい一人にでも――なしてやるのは、いいことではないか。」
「あなたはそういう人がほんとに一人でもいると思っていて? 私はもう疑わないではおれなくなったのよ……。それに、私たちを愛してくれる者のうちでいちばんよい人たちでさえ、どういうふうに私たちを愛してくれてるでしょうか。どういうふうに私たちを見てくれてるでしょうか。いけない見方をしてはしないでしょうか。人を辱《はずかし》めるような賞賛の仕方をしてるわ。どんな大根役者が演ずるのを見ても、やはり同じようにうれしがってるわ。軽蔑《けいべつ》すべき馬鹿者と同様に私たちを取り扱ってるわ。あの連中の眼には、成功しさえすればだれでも同じものに見えるのよ。」
「それでも、皆のうちでもっとも偉大な人々こそ、もっとも偉大な人として、後世に残るものだ。」
「それは距離のせいよ。山は遠くなるほどなお高く見えるものよ。そういう人たちの偉さはよくわかるけれど、それだけ遠く離れてるわけだわ……。それにまた、彼らこそもっとも偉い人たちだとだれが言えるでしょう? その他のもう死んでしまってる人たちについては、あなたは何を知っていて?」
「そんなことはどうでもいい!」とクリストフは言った。「僕がどんなものであるかを、だれも感じてくれなくても、僕はやはり僕だけのものだ。僕は自分の音楽をもっている、それを愛している、それを信じている。その音楽こそすべてのものよりいっそう真実なのだ。」
「あなたはまだ、自分の芸術のなかでは自由で、なんでも勝手なことができるわ。けれど私は何ができるでしょう? 人からあてがわれたことを演じなければならないし、それを厭《いや》になるほど繰り返さなければならないのよ。アメリカの役者たちは、リップ[#「リップ」に傍点]やロベール[#「ロベール」に傍点]・マケール[#「マケール」に傍点]を何千回となく演じ、二十五年間もつまらない役をくり返してるそうですが、私たちはフランスでは、まだそれほどの馬鹿げた状態にはなっていない。けれどその途中にあることは確かだわ。芝居って惨《みじ》めなものよ。観客が持ち堪えることのできる天才と言えば、ごく少量の天才ばかり、髯《ひげ》をそり爪《つめ》をきり毛をぬき香水をふりまいた流行型の天才ばかり……。『流行型の天才』だって、笑わせるじゃな
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