ゥら二日たつと、俺はこのパリーの汚い土地の中に横たわってるかもしれない……なあに、どこだって同じわけさ!……ところで、卑怯《ひきょう》な真似《まね》をする?……いやするものか。しかし、俺のうちに生長してる多くの思想をみな、くだらないことに失ってしまうのは、名誉なことじゃない……。現今の決闘ほど厭《いや》なものはない。相手二人の運命を平等だとしてやがる。馬鹿者の生命と俺の生命とを同じ価値だとするなんて、なんという平等さだ! 拳固《げんこ》と棒とで戦うんだったら! それこそ素敵だ。だがこの冷やかな射撃では!……そしてもとより彼奴は打ち方を知ってる、が俺はピストルを手にしたことさえない……。皆の言うのは道理だ。稽古しなくちゃいけない……。彼奴は俺を殺すつもりだろう。なあに、俺のほうで彼奴《あいつ》を殺してやる。」
 彼は降りて行った。近くに射的場があった。彼はピストルを一つかりて、その使い方を説明してもらった。最初の一発は、危うく主人を打ち殺すところだった。彼はつづいて二度三度とやってみたが、少しもうまくならなかった。焦《じ》れだしてきた。それがなおいけなかった。あたりには、数人の青年が見物して笑っていた。彼はそれに気も止めなかった。人の嘲《あざけ》りなどは平気でただ上達したい一心でやりつづけた。それでいつもあるとおりに、そのへまな根気強さはやがて人々の同情をひいた。見物の一人がいろいろ助言してくれた。彼はいつもの乱暴さに似ず、子供のようにおとなしく耳を傾けた。神経を押えつけて手を震わせまいとした。眉根《まゆね》を寄せて堅くなった。汗は両の頬《ほお》に流れた。一言も口をきかなかった。しかしときどき、癇癪《かんしゃく》を起こして飛び上がった。それからまた打ち始めた。二時間もつづけた。二時間後に的に中《あた》った。その思うままにならぬ身体を制御しようとしてる意力ほど、人の心をひくものはなかった。それは人に敬意を起こさした。初めに笑ってた人々も、ある者は立去ったが、ある者はしだいに口をつぐんでしまい、見物をやめることができかねた。クリストフが立ち去るときには、皆親しく挨拶《あいさつ》をした。
 クリストフが家に帰ってみると、親切なモークが心配して彼を待っていた。モークは喧嘩《けんか》のことを聞いて駆けつけて来たのだった。喧嘩の原因を知りたがっていた。クリストフはオリヴィエをとがめたくなかったので、はっきり言ってきかせなかったが、モークはついにそれを察した。彼は冷静であり二人の友人の人柄を知っていたので、オリヴィエが負わせられてるちょっとした背信の行為というのは事実無根であることを、少しも疑わなかった。そして事の起こりを調べにかかって、その間違いはコレットとレヴィー・クールとの饒舌《じょうぜつ》から来たものであることを、わけなく発見してしまった。彼は大急ぎでもどって来て、それをクリストフに証明した。それで決闘をやめさせるつもりだった。しかし結果は反対だった。クリストフは、レヴィー・クールのせいで友に疑いをかけたのだと知ると、ますますレヴィー・クールにたいして憤った。そして、決闘するなとしきりにモークが頼むので、その厄介《やっかい》払いをするために、なんでも言うとおりになると約束した。しかし決心を固めていた。こうなるとまったく愉快だった。決闘するのはオリヴィエのためにだった。もう自分のためにではなかった。

 馬車が森の中の径《みち》を進んでいるうちに、介添人の一人が発した言葉は、突然クリストフの注意を呼び起こした。彼は介添人らが考えてることを読み取ろうとつとめた。そして、彼らがいかに自分にたいして無関心でいるかを知った。バールト教授は、何時ごろこの片がつくかを考え、国民文庫[#「国民文庫」に傍点]の原稿のために始めていた仕事をその日のうちに終えられるくらいに、家に帰れるかどうかと考えていた。それでもクリストフの三人の連れのうちでは、ゲルマンの自負心から決闘の結果をもっとも気づかってる人だった。グージャールのほうは、クリストフのこともも一人のドイツ人のことも念頭に置かずに、猥褻《わいせつ》心理の露骨な問題について医者のジュリアンと話していた。このジュリアンは、トゥールーズ生まれの若い医者で、最近クリストフと同階の隣人となり、ときどきアルコールランプや雨傘《あまがさ》やコーヒー皿《ざら》などを借りに来ては、いつもこわして返すのだった。その代わりには無料で診察をしてやり、いろいろの薬剤をすすめ、そして彼の率直な性質を面白がっていた。スペインの貴族みたいなその冷静さの下には、絶えざる嘲弄《ちょうろう》が潜んでいた。彼はこの決闘事件をひどく面白がり、それを道化じみたものと思っていた。そして前もって、クリストフの無器用さを当てにしていた。人のよいクラフ
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