り革命を起こしたりすることに、なんで僕は働くものか。現在の病弊はある何かの制度から起こったものではない。それは、贅沢《ぜいたく》にとりつく天刑病であり、富と知力とにたかる寄生虫だ。やがて滅びてしまうだろう。」
「君たちを食い荒らしたあとにね。」
「いや僕らのような民族については、絶望ということは許されないのだ。この民族は自分のうちに、一つの大なる徳操を隠し持っており、光明と活動的理想主義との大なる力を隠し持っているので、この民族を利用し廃滅せしめようとする者どもをも感染さしてしまうのだ。貪欲《どんよく》な政治家どもでさえこの民族に眩惑《げんわく》される。もっとも凡庸な者どもも権力を得るときには、この民族の運命の偉大さにとらえられる。その運命は彼らを彼ら以上の所へ引き上げる。彼らの手から手へと炬火《きょか》を受け継がせる。彼らは相次いで、闇黒《あんこく》にたいする神聖な戦いをなしてゆく。彼らの民衆の精神に引きずられる。否応なしに彼らは彼らが否定してる神の掟《おきて》を、フランス人によって神がなしたもう行為[#「フランス人によって神がなしたもう行為」に傍点]を、完成してゆく……。親愛なる国、親愛なるこの国、僕はけっしてそれを疑わないだろう。この国が致命的な困難に際会しようとも、そのために僕はますます、世界におけるわれわれの使命をあくまで慢《ほこ》りつづけるだろう。わがフランスが戸外の空気を恐れて病室に蟄居《ちっきょ》することを、僕は少しも望まない。病苦の生存を長引かせることを僕は好まない。われわれのように一度偉大となった暁には、偉大でなくなるよりもむしろ死ぬほうがよいのだ。世界の思想をわれわれの思想界に飛び込ませるがいい。僕はそれをけっして恐れない。洪水《こうずい》の波は、その泥土《でいど》でわれわれの土地を肥やしたあとに、自分からくずれ去るだろう。」
「だが気の毒にも、そうなるまでの間は面白いことじゃない。」とクリストフは言った。「そして、君のフランスがナイル河から浮かび出してくる時分には、君はいったいどうなってるだろうかね。戦うほうがいいじゃないか。戦ったとて敗北の危険しかないだろう。君はすでに生涯《しょうがい》敗北に甘んじてるじゃないか。」
「いや敗北よりもずっと大きな危険があるかもしれない。」とオリヴィエは言った。「おそらく精神の安静を失う危険があるだろう。僕には勝利よりも精神の安静のほうが大事なのだ。僕は人を憎みたくない。敵をも正当に判断したい。熱情のうちにもなお眼の明晰《めいせき》さをもっていたく、すべてを理解しすべてを愛したいのだ。」

 しかしクリストフは、そういう生から遊離した生にたいする愛は、死にたいする忍従と大差ないもののように思われた。彼は自分のうちに、老エンペドクレスのように、憎悪《ぞうお》と憎悪の兄弟たる愛との賛歌が、土地を耕し種まく生産的な愛が、とどろくのを感じていた。彼はオリヴィエの冷静な宿命観をもち合わしていなかったし、また、少しもおのれを防御しない一民族の持続をオリヴィエほど信じてはいなかったので、国民のあらゆる健全な力の行使を、フランス全体の正しい人々の一斉《いっせい》の奮起を、促したく思っていた。

 ある一個の存在については、それを数か月観察するよりも一瞬間愛することによって、より多くを知り得るものである。クリストフは、ほとんど家から出ないでも、オリヴィエと一週間ばかり親しく暮らすと、一年間もパリーをうろつき回ったり、学術的な政治的な客間に注意深く臨席したりしたあとよりも、フランスについて知るところが多かった。彼が途方にくれたその一般的無秩序のまん中において、友人オリヴィエの魂は、まったく「フランス島」――海洋のまん中にある理性と静穏との小島――のように思われた。オリヴィエのなかにある内心の平和は、それがなんらの知的支持をももたなかっただけに――彼の生活状態が困難だっただけに――(彼は貧乏で孤独だったし、彼の国は頽廃《たいはい》してるようだった)――彼の身体が弱々しく病的で神経に支配されていただけに、いっそうクリストフの心を打った。その静穏は、意志の努力から得られたものとは思えなかった――(彼は意志をあまりもっていなかった)――それは彼の一身と彼の民族との深いところから来たものだった。オリヴィエの周囲の多くの者のうちにも、そういう沈着[#「沈着」に傍点]の遠い光を――「不動の海の黙々たる静けさ」を――クリストフは認めた。そして彼は、自分の魂の騒々しい混濁した奥底を知っていたし、自分の力強い天性の平衡を維持するためには、意志のあらゆる力を用いなければならないことも知っていたので、そういう内に秘められてる心の調和を感嘆した。
 隠れたるフランスをながめてみて、フランス人の性格に関する彼のあらゆ
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