徒であって、フランスの東部の出であった。夫妻とも数年前に、ドレフュース事件の暴風のため吹きまくられたのだった。二人ともその件案に熱中して、この神聖なヒステリーの烈風に七年間吹かれた数千のフランス人と同じく、狂気の沙汰《さた》にまでなってしまった。安楽も地位も縁故をも、そのために犠牲にしてしまった。親愛な友誼《ゆうぎ》をも破り、自分の健康をも失わんとした。数か月の間、もはや眠りもせず、食をもとらず、病的な熱心さで同じ議論を際限もなく繰り返した。たがいに刺激し興奮し合った。臆病《おくびょう》であり世の物笑いを恐れていたにもかかわらず、示威運動に加わったり集会で演説したりした。そしては幻想に駆られ異常な心地になってもどってきた。夜はいっしょに涙を流した。かくてその戦いに、感激と熱中との力を多分に費やしてしまったので、勝利が到来したときには、それを享楽するだけの力がもはや残っていなかった。一|生涯《しょうがい》元気は失《う》せ疲れはててしまったのである。その希望があまりに高く、その犠牲の熱があまりに純潔だったので、初め夢想していたところのものに比ぶれば、勝利もつまらなく思われた。ただ一つの真理をしかいれないそれらの一途《いちず》な魂にとっては、政治上の処置や主要人物らの妥協は、苦々《にがにが》しい幻滅の種となるのだった。自分の戦友らが、正理にたいする同じ唯一の情熱で鼓舞されてると思われる人々が、一度敵を征服すると、利にはしり権力を奪い、名誉や地位をかすめ取り、正理を蹂躙《じゅうりん》するようになるのを、彼らは見て来たのだった。が世の中のことは回り持ちだ……。ただ一群の人々のみが、おのれの信仰を忠実に守り、貧しい孤立の生活をし、あらゆる党派から見捨てられ、またあらゆる党派を見捨ててしまい、離れ離れに闇《やみ》の中にたたずみ、悲哀と神経衰弱とに悩み、人間をいとい人生に飽いて、もはやなんらの希望もいだいてはいなかった。技師とその細君とは、かかる敗北者らに属していた。
彼らは家の中で少しも音をたてなかった。隣人たちから邪魔されるのを苦にしていただけに、また高慢の念から不平をこぼしもしなかっただけに、かえってこちらが隣人たちの邪魔になりはすまいかと病的な恐れをいだいていた。二人の娘たちが、快活の発作や叫び跳《は》ね笑いたい欲求を、たえず押えつけられてるのに、クリストフは憐《あわ》れ
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