慮している。――さらに下方、山の麓《ふもと》には、断崖《だんがい》の間の狭い隘路《あいろ》に、際限なき戦い、抽象的な観念や盲目的な本能などの狂信者たち。彼らはたがいに猛然と取っ組み合っていて、両方より迫ってる岩壁の彼方に、上方に、何があるかを夢にも気づかないでいる。――さらに下方には、沼沢と寝藁《ねわら》の中にころがってる家畜ども。――そして至る所に、あちらこちらに、山腹に沿って、芸術の新鮮な花、音楽の香り高い苺《いちご》、泉や小鳥の詩歌。
クリストフはオリヴィエに尋ねた。
「君の国の民衆はどこにいるのか。僕の眼に見えるのは、善良なあるいは害悪な優秀者どもばかりだ。」
オリヴィエは答えた。
「民衆か? 民衆は自分の庭を耕しているのだ。彼らはわれわれのことを気にかけはしない。優秀者どもの各団体は、彼らを占有しようと試みるが、彼らはそのいずれにも気を止めはしない。近ごろまで彼らは、少なくとも気晴らしのために、いかさま政治家の口上になお耳を貸していた。しかし今ではもう構いつけはしない。選挙権を行使しない者が幾百万あるかわからない。各政党がいかほどたがいに頭をなぐり合っても、彼らの畑を踏み荒らしに来さえしなければ、彼らはその結果のいかんを気にかけはしない。ただ畑を踏み荒らされる場合にだけ、彼らは腹をたてて、いずれの党派をも構わずにいじめつける。彼らはみずから動き出しはしない。ただ彼らの仕事と安静とを邪魔する放埓《ほうらつ》にたいしてだけ、いかなる方面をも問わず反発する。国王、皇帝、共和党、司祭、結社党、社会党、またその首領がだれであろうと、彼らがそれに向かって求めるところのものは、一般の大危難、戦争や騒動や疫病、などから彼らを守ってくれることだけだ――それ以外にはただ、平和に庭を耕さしてもらうことだけだ。彼らは心の底ではこう考えている、『あの畜生どもは俺《おれ》たちの邪魔をしやすまいか』と。ところがその畜生どもはいかにも愚かで、この朴訥《ぼくとつ》な民衆をじらしぬき、鍬《くわ》を取って追い出されるまではやめようとしないのだ――ちょうどそういうことが、現代の勢力者らにもいつか起こるだろう。昔は民衆も大事業に熱中したものだ。そしてもう長い前に若気の過《あやま》ちをしつくしてきながら、おそらくはまだそれをふたたびすることもあるだろう。しかしとにかく、その熱中も長つづきはしない
前へ
次へ
全167ページ中36ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ロラン ロマン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング