俺には一人の友がある! 自分の遠くに、自分の近くに、常に自分のうちに、友がある。俺は友を所有し、俺は友のものである。友は俺を愛している。友は俺を所有している。融《と》け合って一つの魂となったわれわれの魂は、愛に所有されてるのだ。

 ルーサン家の夜会の翌朝、クリストフが眼を覚《さ》ましながら第一に考えたのは、オリヴィエ・ジャンナンのことであった。彼はすぐに会いたくてたまらなくなった。起き上がって出かけた。八時前だった。なま温《あたた》かい多少重苦しい朝だった。早くも四月時分の気候が見舞ったようで、雷雨模様の雲がパリーの上にたなびいていた。
 サント・ジュヌヴィエーヴ丘の麓《ふもと》の、植物園のそばの小さな通りに、オリヴィエは住んでいた。その家は通りのいちばん狭い場所にあった。階段が薄暗い中庭の奥に開いていて、不潔な雑多な匂《にお》いを放っていた。急な曲がり角《かど》をなしてる段々は、鉛筆で楽書きされてる壁のほうへ傾いていた。四階まで上ると、灰色の髪を乱し平常着をだらしなくつけた女が、足音を聞いて扉《とびら》を開いたが、クリストフの姿を見てまた荒々しく扉を閉《し》めた。どの階にもたくさん住居があって、建て付けの悪い扉の隙間《すきま》から、子供らの押し合ったり泣き叫んだりするのが聞こえていた。天井の低い各階の中にたがいにつみ重なり、胸悪くなるような中庭のまわりにぎっしりつまってる、不潔な凡俗な生活のうごめきだった。クリストフは嫌悪《けんお》の情に打たれた。これらの人々は、少なくとも万人のための空気をもってる田舎《いなか》を離れて、いかなる渇望のためにここへ引きつけられてるのか、そして、生涯《しょうがい》墓の中みたいな生活をしなければならないこのパリーから、いかなる利益を得ることができてるのか、と彼は不思議に考えた。
 彼はオリヴィエが住んでる階に達した。呼鈴の代わりに結び綱がついていた。クリストフはそれをあまり強く引っ張ったので、その音にまた幾つかの扉《とびら》が階段口に半ば開かれた。オリヴィエが扉を開いた。その服装の質素ではあるが気をつけた小ぎれいさにクリストフは注意をひかれた。その服装の心づかいは、他の場合だったら気にも止まらなかったろうが、ここでは快い意外さを与えるのだった。よごれた雰囲気《ふんいき》の中にあって、それはある微笑《ほほえ》ましい健全なものをもって
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