に没していた。遠くには船が靄《もや》の中に隠れて、牧場の間の屈曲した水路をさかのぼっていた。クリストフはその夢景色の中にうっとりと我を忘れた。オリヴィエはそれを引きもぎって、腕を取りながら停車場へ連れていった。クリストフはなされるままに任した。夢遊病者のようになっていた。オリヴィエは彼を発車しかけてる汽車に乗せた。そして、翌日フランスの第一の停車場で落ち合って、クリストフ一人でパリーに帰らないようにと、二人は約束した。
 汽車は出た。オリヴィエは家に帰った。入り口に二人の憲兵が、クリストフの帰りを待ち受けていた。彼らはオリヴィエをクリストフだと間違えた。クリストフの逃走にはそれがかえって便利だったから、オリヴィエは急いで誤解をとこうとはしなかった。そのうえ官憲のほうでも、この間違いに失望の様子を示しはしなかった。逃走者を捜索するのに大した熱心を見せてはいなかった。クリストフの出発を内心では別に怒っていないことが、オリヴィエにさえ感ぜられた。
 オリヴィエは翌朝まで居残って、ルイザの葬式を済ました。クリストフの弟である商人のロドルフが汽車の間の時間だけ葬式に列した。この尊大な男は、ごく几帳面《きちょうめん》に葬式の列に加わったが、そのあとですぐに出発してしまって、オリヴィエへ向かって一言も、兄の消息も尋ねなければ、母のために尽くしてくれた礼も言わなかった。オリヴィエはなお数時間町で過ごした。町には、生きてる者で彼の知人は一人もいなかったが、多くの親しい故人の影が宿っていた。少年クリストフ、クリストフが愛してた人々、クリストフを苦しめた人々――それから、なつかしいアントアネット……。この土地に生きてたそれらの人々から、今はもうなくなってるクラフト家の一家から、何が残っていたか? 一外国人の魂の中にある彼らにたいする生きた愛情、そればかりであった。

 その午後、待ち合わせる約束の国境の停車場で、オリヴィエはクリストフに出会った。それは木立深い丘の間の小村だった。二人はパリー行きのつぎの汽車をそこで待たないで、道中の一部をつぎの町まで徒歩で行くことにきめた。彼らは二人きりになりたがっていた。遠くに斧《おの》の鈍い音が響いてる黙々たる森の中を、彼らは歩きだした。丘の頂の空地に達した。眼下には、なおドイツ領である狭い谷間に、森番人の家の赤い屋根、森中の緑の湖水のような小さな
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